鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
468/590

「付子居宝習」という墨書は信を置けず,筆者を黄答とすることも伝称に過ぎないが,宋代の花鳥画の稿本であるのは聞違いないだろう。この図と同様のモチーフが使用されている例として,「雛雀図」(重要文化財,東京国立博物館蔵)がある。籠から落ちた右下の子雀は,写生図巻の雛を左右反転し,やや側面からの視点で描かれている。これは,直接写されたのではなく,雛雀の典型的な姿として宋代絵画において定型化されていたと考えた方がよい。さらに「雛雀図]の籠の縁に止まる二羽の雛雀は,台北・国立故宮博物院所蔵の「楊柳乳雀図」団扇に類似したものが見出せる。この場合も同様に解釈できよう。対幅の構成では,対幅画の特徴を華準となるべき二作品で見ることにする。まず第一は,数少ない宋代四季山水図四幅対の遺品として知られ,現在はそのうち二幅が金地院(秋・冬景),一幅が久遠寺(夏景)に分蔵される「夏秋冬景山水図」(国宝,〔図1〕)で,筆者不明であるがその制作時期は南宋初期と考えられる。第二は道釈人物画で,南宋時代末期から元時代初期の画家顔輝筆「蝦蚊鉄拐図」双幅(重要文化財,知恩寺蔵,〔図2〕)である。まず,対幅画の隣り合った図は基本的に左右反転した構図をとり,各幅の地面の高さや人物の位置はあまり大きく上下しないのが原則であることは,両作品から直ちに理解できる。人物の大きさや景観の広がり,そして視点からの距離も,一対の図の間ではほぼ同ーである。そして各図の景観は,実際には空間的にも時間的にも連続しない別個のものであるにもかかわらず,構図の上では平面的な連続性をもち,隣り合う画幅間で断絶感を観者に与えないような配慮がなされている。特に注意すべきは,人物の置かれた地面および土域の輪郭線で,各図の間で連続感が得られるように巧みに処理されていることが,蝦瞑鉄拐図や前者の秋と冬の図で見られる。さらに,前者の山水図は,各幅とも高士一人が深山幽谷に遊ぶ様を描き,人物の姿勢は様々であるにもかかわらず,その視線はいずれも左奥に向かっている。夏は激しい風雨が谷間を襲っていることが松の枝の動きによって明示され,秋は一転して明るくのどかな景色で,白い雲が浮ぶ明るい空には二羽の鶴が舞い,高士がもたれる木は,松柏という語句があるように松としばしば併称される柏である。冬は,雪が積もる暗い谷間に突き出た木の幹に猿が二匹現れ声をあげたため,高士が振り向いた一瞬を描-459-

元のページ  ../index.html#468

このブックを見る