鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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作品に直接積もった埃払いとなるとそうではない。また屋外彫刻に必要な定期的な洗浄もこの問題の中に含まれるであろう。ではこれらの仕事は一体誰の仕事なのだろうか。油彩画の修復過程にクリーニングと呼ばれる極めて高度な知識と技術を要求される過程がある。しかしこの場合の埃払いはこれらの作業とはまったく異なる性格の問題である。境界を決定するのは難しいし,たとえ学芸員であっても安易にこの問題に解答を与えるべきではない。しかし今日の美術館事情においては,作品の特殊性を重視するというよりも,特殊性を理由にこの問題を回避しすぎている傾向があるのも事実である。かつて日本人には家庭内の行事や季節によって床の間の掛け軸を入れ替えるといった習慣があった。これらについては多く語られてきている事であるが,この作業の前後に,作品に虫や徽がついていないかを確認し,柔らかい糊を落とした和筆でちりや埃を払うといった心遣いがあったという事実を我々は見落としてはならないのである。新車のまだ柔らかい塗装面の洗浄を行えるテクニックと心遣いがあれば,屋外展示のブロンズ彫刻の水洗は行えるはずである。作品のために一番清浄であるべき収蔵庫が,作品の特殊性を理由に一度も清掃されず,最も作品に好ましくない環境になっているという事実はそろそろ反省されるべきである。もちろんこれはまった<予備知識のない者が行える作業でもない。しかしある一定のトレーニングによって,学芸員でなくても行える作業は多くあるのではないだろうか。もし同じ美術館職員として作品を長く保存しようという共通理解と信頼関係を持ち得る人たちがこの種の仕事に携わる事ができるなら,日本の展覧会にありがちな,アクリルの表面が汚れ良く中が見えないといった作品の展示はなくなるだろう。こうした問題はなにも愛知県美術館やその他日本の美術館だけの問題ではないはずで,どの美術館の裏方であっても当然生じる問題であると感じた。長い実績のある美術館においてこの問題の周辺を調査することとした。調査をする美術館としては愛知県美術館との交流関係のある美術館から大規模な美術館と比較的小規模な当館と同等程度の規模の設備を持つ美術館を抽出し,アメリカのニューヨーク,メトロポリタン美術館では二人のconservatorと一人のengineerと3 海外事情との比較-467-

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