鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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③ 同堂西南壇所用の寺伝を有するものの3基がある。このうち①は桧材で,蓮華形の光心部,唐草文帯,連珠文帯までを皿形に彫出し,これに八花形透彫りの吹き返しを取り付ける仕様で,表面全体を漆箔仕上げとしている。現状,折損や欠失などの部分が多い。②と③は,桂材といわれ,各部の構成はおおむね①に準ずるが,③は八花形の吹き返しを失っている。②は3基のうち,保存状態がもっともよく,裏面は鉄製傘骨8本によって放射状に組み上げ,懸垂用の釣金具を備えている。いまこの3基の天蓋を比較すると,まず①は蓮華形光身部の薬が長く,各蓮弁間には涙滴形の空穴が開き,各弁に花弁形を飾っている。また唐草文帯には側面形の花形がいくつか残っており,宝相華唐草を表したものと推察される。吹き返しの蓮弁内には6弁俯眼形花形や3弁の葉形や若芽形をあしらった唐草を透彫りで表している。これに対し②では,光身部の運肉が控えめで菓も短く,複弁とした各弁間の空穴が心葉形を呈している。唐草文帯には葉形を組み合わせた唐草文を,また吹き返しの蓮弁内には6弁俯眠形花形を中心にすえた宝相華文を表している。③の光身部の蓮華文は基本的には②に準ずるが,蓮肉がさらに大きく,各弁間の心葉形空穴の先端部が閉じていないなどの相違点も認められる。また唐草文帯の意匠は4弁俯暇形花形とその左右の葉形の組み合わせ文とする。以上述べたようにこれら3基の天蓋は,あきらかに細部の意匠表現がことなっている。なかでも①は保存状態の問題はさておくとしても,全体を皿形に形づくり,光身部,唐草文帯さらに吹き返し部の意匠構成は精妙で細部にまでよく神経がゆきとどいている。これに対し②と③のものでは,②の方は蓮華形光身部の菓を旋回するかのように表しているのに対し,③では放射状に表しており,また③の各蓮弁間の心葉形の先端部が閉じておらず,形態に崩れが認められる。さらに③の唐草文帯の4弁俯諏形花形とその左右の葉形の組み合わせ文の意匠構成は,①の唐草文帯からの写しくずしとみなすことが可能で,この天蓋は①ないし②の天蓋に倣って制作されたものとおもわれる。先に記したように3者の伝来について寺伝では①が金色堂中央壇所用,②が西南壇,③が西北壇所用とされる。3者間の差違はあきらかに①の制作年代が②及び③に先行することを示し,寺伝にいうように3者ともに金色堂所用とすれば,①が中央壇所用のもので,細部の意匠構成を同じくする②と③が両脇壇のためのもので,②が①に遅-504-

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