鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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2. 1994年度助成美術館における修復保存部門の役割研究者:国立西洋美術館主任研究官河口公生わが国の美術館では美術品の修復と保存は全く機能していない。戦後,めざましく活動領域を拡大した欧米の美術館では,修復部門が組織的に確立して久しい。「美術館における修復保存部門の役割」というものは,美術館そのものの役割が,内部でどのように認識されているかによって異なる。欧米で確立してきた役割とは「物」と「芸術的表現」の保護から始まって,それらの客観的裏付けを調査研究し,美術史に多くの新しい解釈も提供してきた。わが国では既に紹介されて久しいのに,何故に美術館に定着しないのか。本報告では修復保存の紹介とわが国の現状の問題を取り上げ,現実に必要とされている組織の形と具体的な活動を挙げて,修復保存部門の役割を述べたい。《海外の事情》美術館が美術品を所蔵する限り,損なわれ易い美術品の扱いに苦労する。美術館の役割というのは「収集した美術品を保護し,研究調査した上で,その成果を展示発表するなどして教育的目的に供する」ことであるが,美術品のみならず,「物」を保存することは自然の法則に逆らう行為でもある。こうした事実を踏まえて,歴史の証言となる「物」を永久的に残そうという試みが行われている。欧州では美術館で19世紀半ばから,アメリカでも今世紀初頭から積極的に美術品の保護に乗りだした。そして既に戦前に科学的な修復技術や保存方法の研究を始めた。戦後,ユネスコの会議やその後の国際会議で修復保存の理念である「使用した材料技法の還元性(可逆性),原作性の保護,処置・材料の耐久性」などは度々議論され,美術品そのものを「物」として,また同時に「芸術作品」として保存するための倫理をはじめ,科学データ表記スタンダードなどまで指定するなど,積極的にこの分野を確立させた。その結果,欧米の大きな美術・博物館のみならず,修復保存の部門が設置され,所蔵品の修復処置,保存環境の整備を基本的な業務とし,処置方法,材料の改善,美術品の収蔵,輸送,展示などの環境と技術の研究,また美術品の技法材料の科学的な調査研究を行い,修復保-508-

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