存の分野を美術館の中で美術品の成り立ちを探求する学問の一つに育てた。他に先端工学も吸収しながら発展しているこの分野は,包括的な保存を目指している。大学などの教育機関でも科学的なデータを重視する修復保存の工学的展開,美術史的側面を調査研究する能力が育成されている。少なくとも欧米の美術館レベルでの「修復保存部門の役割」は,もはや所蔵品の修復と保存環境の整備のみではない。1970年代には科学的な修復保存を目指した修復家や保存科学者のすそ野は拡大し,個人のレベルで修復技術や保存技術を高める能力を備えた人材を多く輩出している。また修復処置の際に美術品を調査し,そこから得られる情報の蓄積と分析を行い,美術材料技法の歴史的事実を明らかにして,積極的に美術史の流れを左右する調査研究の成果を牧めている。美術館内部では,地震や火災のような災害には常時効果的な保護策で対応していなければならない。地震のような大きな破壊から美術品を守るためには,合理的な議論がされることが求められる。アメリカ西海岸のJ・P・ゲッティ美術館の古代美術修復部やロサンゼルス・カウンティ美術館のオブジェクト修復部では,何度にもわたる地震の被害から美術品を守るための対策を,小さく軽量な美術品から重量のある石彫に至るまで細かく講じている。破壊の衝撃から美術品を守るための免震機構を研究開発できる技能等,彼らの現場経験の蓄積には目を見張るものがあり,この分野の特殊な業界も改めて注目している。またそれは同時に非常時の観客の保護まで想定し,文化施設としての義務を果たそうとしている。これは組織的に修復保存業務を誠実に遂行する上で,至極必然的に得られた成果のほんの一例である。欧米の美術館では美術史研究を行うCurati on Departmentと並立するようにTech-nical DepartmentあるいはConservationDepartmentという様な名称で組織構成されている。わが国でこの様な形態に位置付けられるようになるには,この先半世紀を必要とするかも知れない。《国内の事情》わが国では修復保存という言葉が知られるようになってから,既に25年余り経過しているにもかかわらず,専任の修復家を置いているところは一館のみで,修復保存部-509-
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