鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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門を組織内部に備えている所は,一部の国立博物館の例外的な外注制度を除いて全くない。残念ながら,わが国の大方の美術館ではその役割である「収集,保護,研究,教育」という理念が良く認識されていず,同時に学芸貝の業務も認識不足であり,設立理念からして美術の本質とは無縁の施設もある。僅かでも理解がある美術館では,保存担当を設置して美術品への保護対策を行おうとしているが,専門的かつ高度な技術と知識を兼ね備えるには至っていない。現場で美術品と向き合って,修復保存の対策の必要性を感じていても,組織が具体的な手段を持つに至らないのには,何かわが国独自の原因があるように思う。その一方で,確かにわが国古来の文化財においては,外部の業者に場所を提供して紙本,織物,彫刻,工芸品などの所蔵品の修復に従事させている東京国立博物館や京都国立博物館の例はある。所蔵品が東洋美術品で扱う大半が指定文化財や重要美術品である。そしてどちらも設立以来の長い歴史がある国立博物館は,あくまで外注を柱とするシステムによって成り立っている。つまりこの外注制度がわが国の修復保存の公認(?)の制度であると言っても差し支えないであろう。新しく設立された他の多くの国公立美術館なども外注に頼っている。外注制度に求められているのは業者間の競争原理の効用らしいが,その効果の程は明確ではない。こうした美術に関わらず,わが国では国が行うべき業務を民間に任せる習慣がある。特にこの分野の東洋美術の「修理」業者は伝統的な技能を持った技術者として扱われる。そして海外で高度な技術訓練を受け外国語を駆使して修復保存の科学理論など広い知識を身に付け帰国した者も,同じ職人のレベルで扱ってしまう。伝統技術と現代の修復保存技術は同じカテゴリーで扱うことは出来ないはずである。伝統技術イコー)叶憂れたものであり,技能は年数を経験して磨きをかけるものと受け取っているが,それは年功序列的な分類をも導き出し,曖昧な了解で実際を無視する結果になっている。こうした状況を創り出しているのは美術館での専門性というかプロフェッショナリズムの欠乏である。わが国の大学生の就職事情が物語っているが,それは学芸員からして専門性の不明な「労働力提供者」として考えられているからではなかろうか。専門というと理科系,技術系には基礎という明確な線が引かれるが,文科系は様々な労働に対応する柔軟性の方が求められている。-510-

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