鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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― 「中国・日本の絵画における遠近法」というテーマに関する学習・研究を行った。なテーマの研究には啓発を受けたが,とくに山崎淑子氏の「敦煙莫高窟・唐代前期壁画における技法の変化ー「下絵」と画面横成との関係ー」をテーマとした研究は,その精緻な調査活動と厳格な論証方法という点で典型的な日本の学問方法であり,調査・研究を進める上で学ぶところが多かった。『日本美術全集』(全24巻),『日本原始美術』(全6巻),『日本絵画史図典』,『奈良六大寺大観』(全14巻),『日本の絵巻』(全20巻),『透視図法』,『遠近法の誕生』,『標注洛中洛外屏風』(上杉本),『世界の中の日本絵画』等の著作を参考にしながら,ルネサンスにおける遠近法の発生と日本絵画における空間処理の方法についての調査を進めた。ルネサンスにおける遠近法はイタリア文芸復興において誕生し,一点透視の原理にその起源があった。この遠近法はレオナルドの時までにはすでに完成しており,それ以後西洋絵画において必ず守らなければならない法則として定められ,モダニズムが誕生するまでずっとその一人天下は変わることがなかった。日本絵画における空間処理の問題は今回の研究の重点の一つである。日本の原始絵画において,すでに奥行きの表現と空間処理の画法が見られる。縄文,弥生時代の土器上に残存する原始絵画は少なく,地面を意識した作りのものもあるが,奥行きのある作品はまだ見られない。弥生中期の銅器,例えば銅鐸には明らかに奥行きのある作品がすでに見られる。例えば兵庫桜ケ丘1号鐸や辰馬404,405号鐸の場合,その中の人物・鳥獣は一列になって一つの方向を向いているが,上下に分かれており,上に描かれたものが明らかに遠くにある。井向2号鐸でもこうした上下の配列が見られ,絵の大きさは基本的に同じで,遠近感を表さないが,上下に分かれており,下のものが前景で上のものが後景となっている。井向1号鐸では,まだはっきりとした奥行きが見出せない面もあるが,別の面では下方にある舟と船頭が前景として水上の場面であるのに対して,その上方には鳥獣・人物等が描かれている。最上方に見られる動物,例えば亀は平面的に描かれて,あたかも壁を這っているかのように見えるが,下部の絵には明らかに奥行きの表現が見られる。桜ヶ丘5号鐸では,ほとんど平面的な絵もあるが,大多数の絵には奥行きが表現されている。人と鹿,人と人がそれぞれ描かれた方形の画面ではすでに遠近感の処理が為され,前者では鹿が奥で人が手前となり,後者では人を殴っている者が手前で他の二人が奥となっている。絵の大きさによって-524-

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