墳壁画,正倉院の騎象奏楽図や麻布山水画等ではいずれも上方に遠くのものを,下方に近くのものを描くという方法が採られており,その大きさは基本的に同じか,あるいは極端に遠いものはやや小さいという方法で奥行きが表現されており,日本画の空間処理の方法は基本的にすでに完成したといえる。平安時代,密教絵画における図案化された曼荼羅では画面を分割して図案を描いており,一つの完全な空間は見られない。その一方で,一部の密宗画には伝統的な絵画同様空間の表現も見られる。平安時代,奥行きの表現において新しいタイプの作品が見られるが,大和絵の中の絵伝と絵巻がそれであり,聖徳太子絵伝,物語絵巻,説話絵巻等が挙げられる。画中の空間は広々としており,人物や建築等その数は多い。高山寺の鳥獣人物戯画図等は,数十もの鳥獣・人物がすべて同じ大きさで描かれ,しかもそれぞれ顔立ちがはっきりとしている。この種の空間処理の方法は,一点透視法を用いたのでは到底成し得ないものである。鎌倉,南北朝,室町時代についてであるが,鎌倉時代は絵巻の黄金時代であり,引き続き画面の長さにおいて新しい作例が創り出された。その一方で,山水画も盛んであったが,山水画における奥行きの表現方法はすでに見た方法以外にも,ぼかしの度合いによって奥行きを表わす方法も比較的よく見られるものである。近くのものを大きく,遠くのものを小さく表現する方法もまたよく見られるが,これらはすべて大きさの違いによって示されるという性質のもので,限定的な方法である。鎌倉末から南北朝にかけての漢画においては,濃淡によって奥行きを示す作品もまたしばしば見出される。桃山時代の絵画は空間の処理において新たな作例を創り出した。例えば風俗画,遊楽図,祭礼図,合戦風俗図等では,いずれも広々とした空間と多くの人物,風物等が描き出されている。洛中洛外図では,上杉本を例に挙げると,京都の城内・城外の名所232ケ所と2443人の人物が描かれており,これは中心遠近法ではとても描き切れないものである。一方,1583年以来修道士によってもたらされた西洋の遠近法は,中心遠近法を学んだ作品,すなわちいわゆる洋風画を生み出すことになった。しかしながら,この段階では西洋の遠近法の影響はようやく始まったばかりであった。江戸時代は一方では漢画系,大和絵系,文人画等の作品が伝統的な空間処理の方法・横図を用いて数多くの傑作を生み出していたが,その一方では洋風画の影響も絶えず拡大し,西洋の遠近法を採用した作品が次から次へと出現していた。中でも眼鏡絵は-526-
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