表現にまで拡張して,形態や構成の伝承についての一層広範な理論構築の基礎となる造形的理解を得ようとしたものである。本シンポジウムの全体的な印象は,世界的な中国絵画史研究者の世代交代であった。アメリカ・ヨーロッパの研究者にまず即して言うと,中国絵画史研究の基礎を築き上げた七十代以上の第一世代は既に引退,その後の展開を導いた六十代の第二世代も,研究の第一線を離れつつあるにもかかわらず,五十代の第三世代の発表者は,東洋史研究者など周辺分野の専門家を除くと,中国絵画史の専門家としては,僅かにー名のみに止まった。それに対して,台湾や我国の研究者を含めた十八名の発表者のほとんどが,小川らを最高齢とする四十代から三十代の研究者で占められた。この点は,今回種々の事情から参加を見合わせた大陸の研究者についても同断であり,五十代から四十代後半は,所謂文革世代と称される,研究者の層が極めて薄い世代であることに鑑みれば,今後十年余りの中国絵画史研究は,世界的かつ急速に世代交代が進むことが明白であり,今回のシンポジウムはそれを端的に象徴するものであったと言える。ただ,極めて遺憾であるのは,我国からの発表者が小川一人にとどまったことである。中国絵画史研究を世界的に概観すると,アメリカが,現在,全体的に最も高い水準を維持しており,研究者の層も最も厚いとはいえ,我国のそれも相当な水準にあり,我国における外国美術研究としては,世界に比肩してゆける数少ない分野であることは疑いない。個々の研究者の質も,アメリカのそれに優るとも劣らないものがあるものの,その層は各世代とも極めて薄く,今回のシンポジウムはその欠点を露呈したと言うこともできる。中国美術が,日本美術を理解する上で最も重要な外国美術であるにもかかわらず,我国の大学や美術館における中国美術関係の恒常時なポストが極めて少ないことが,その最大の原因である。また,その早急な改善は,今日の我国における中国文化全体に対する関心度や理解度から見ても,到底望み得ないにしても,世界的に評価の高い『中国絵画総合図録』初編のみならず,続編・三編と刊行を継続してゆくことにより,我国の次代の中国絵画史研究を担う新しい世代が,図録刊行の基礎となる世界的な規模での中国絵画調査に参画し,厳しい鑑識訓練を受けたうえ,在欧や在米のヨーロッパ美術や,在外の日本美術の名品にも触れつつ育ってゆけば,その欠点は相当に補われてゆくものと確信する。翻って,今回のシンポジウムでは,層の薄さを露呈しつつも,世界時な規模での長期間にわたる中国絵画調査と『中国絵画総合図録』の逐次刊行という蓄積に裏づけられた,我国における中国絵画史研究の水-537-
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