② 国際会議名:第三回ベニス日本美術国際シンポジウム(The Third Venice Conference on Japanese Art) 期間:1996年5月25日〜1996年6月2日出席者:東京大学文学部教授河野元昭出張国:イタリア(ベニス)日本近代洋画とシンプリシティーー一黒田清輝を中心に日本の近代洋画はシンプリシティーという大きな特徴を有している。この特徴は日本美術の伝統的性格を受け継いだものである。本発表はそれを明らかにしようとするものである。このシンプリシティーという英語には,単純であることのほかに,純粋であるという意味も含まれている。私の言うシンプリシティーには,この二つの意味が込められている。この点を特に喚起しておきたい。日本語に直すと,「単純性」あるいは「純粋性」になるか,いずれでも不十分である。そこで私はこの英語をそのまま使ってしまうことが多い。あえて訳せば「簡潔性」ということにでもなるであろうか。しかし,ここで少し注意しておくべきことがある。日本美術は確かにシンプリシティーを特徴としているけれども,よく調べてみると,技術的にはきわめて高度な,あるいは複雑なものを使っている場合が少なくない。その技術自体は決してシンプルなものではない。それは特に工芸の分野において顕著である。ところが,そのような場合でも,高度な技術を誇示するような態度は,あまり喜ばれなかった。どんなに技術が複雑であったとしても,完成された作品においてはそれを隠すこと,つまりシンプルに見せることが重要であった。当然のことながら,そのような高い技術を身につけるためには,たゆまぬ修練が必要であったが,それはその技術を純粋化することでもあった。したがって,このような場合も作品がシンプルに見えること,技術の純粋化が進められていることをもって,シンプリシティーを特徴としているといってよいであろう。もう一つ,指摘しておくべきことがある。日本美術もある特定のジャンルや技法において,単純なものから複雑なものへと発達する傾向があった。日本美術も人間の作り出した美術であるから,このような発展の過程をとることは,不思議でもなんでもない。しかし,日本ではこのような発展がある程度進むと,すぐにシンプリシティー-563-
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