鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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描くことの意味そのことは1916年から何度か繰り返された画家とモデルの主題に現れている。1910年代の後半,いわゆる第一次ニース時代への移行期,マチスは何度か画家としての自分の仕事そのものをテーマに織り込んだ作品を描いている。1916年の『アトリエの画家』〔図1〕(パリ国立近代美術館蔵)はその中でも最も興味深い作品の一つである。厳格な造形的実験から距離を置き,オダリスクやヌードを通しで性的欲望の表現の解放へと向かいつつあった画家は,自らの制作の意味を問い直すべくアトリエでの制作を主題にしている。パリのサン=ミッシェル河岸のアトリエに,この時期頻繁にマチスのモデルを務めていたロレッタがポーズしている。壁にはマチスの作品にしばしば描き込まれるロココ風の鏡がかかっているが,鏡面は褐色で,何も映っていない。画架に置かれた作品は同じ頃仕上げられた『黒い背景の緑のローブを着たロレッタ』〔図2〕(個人蔵)である。ただし画中画のロレッタもアトリエのロレッタも,ともにその相貌は描かれていない。天井と壁が室内の角で接する部分や窓は室内の三次元的な構造を明確に示しているが,床と壁の接触する部分を示す線は描かれておらず,連続した色彩が空間を曖昧に見せている。室内は壁と床を通じて縦に,ソファや画架に沿って奇妙な具合に(恐らく光を受けて),黒と白の二色に分割されているが,不思議なことにそこで画家が描いているはずの作品では背景は黒一色で表現されている。つまりマチスはここで自らの絵画の制作が,単純な視覚の模倣ではないことを明らかにしている。何も映っていない鏡はいわば絵画の世界における通常の視覚の無効を表明している。マチスはここで画家とモデルの間の視覚的というよりもむしろ内的な感覚の関係によって絵画が成立することを示していると同時に,その関係が結ばれる場としてのアトリエの空間の感覚巻く空間の感覚(注33)り立たせているだけではなく,この空間の感覚そのものが作品の主題なのである。そのことを表現するためにマチスはこの空間に取りまかれた画家の姿を描かなければならなかった。しかしこの作品では画家の姿はほとんど色彩を失い,右足も省略されて,抜け殻のように見える。それはこの作品を描いている,つまりこの画面の外にいるマチスの分身にすぎないからである。グリゼルダ・ポロックはこの人物を着衣のモデルを前にした「ヌードの男性」画家だと思ったようだが,それは誤解だろう(注34)。完全に受け身の女性モデルに対して優位に立ち,単なる現実の反映ではなく,そこから観察しているモデルを前にしている画家の,自分を取りの重要性を表現している。この空間はマチスの制作を成-53-

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