鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
77/590

⑥ ゴヤの版画作品と18世紀後半のスペイン版画18世紀後半はスペインがフランスに倣いブルボン朝の美術制度を導入・整備しつつ1756年に王立印刷所,1789年には「版画の良き趣味を広めるために」王立銅版画院が〜『気まぐれ』とアクワティントの導入との接点〜研究者:昭和女子大学文学部日本文化史学科助教授木下はじめにフランシスコ・ゴヤ(1746-1828)の創作銅版画集「気まぐれ』(1799年出版)の技法上の特徴は,アクワティントの表現効果が自由にかつ大胆に追求されているところにある。後年19世紀半ばになって,フランスのボードレールの賞賛を得たように,『気まぐれ』はこの技法により前例のない微妙なグラデーションと深みのある闇とを獲得したのである。ところがゴヤがいかにこのアクワティントの技法を習得したかについては,実はいまだ詳らかにはされていない。ある時期であり,1752年,まずサン・フェルナンド王立美術アカデミーが創設された。また啓蒙専制主義政策の一環として,産業科学の視覚的伝達手段であった版画のために版画家育成の必要が叫ばれ,翌1753年にはパリに留学生の派遣が始まった。さらに開設された。しかし,以上のように国家的なまた実用的な要請があったとはいえ,全般的にはスペインは他国と比べ版画の伝統が希薄であり,ゴヤにとって版画技法修得のための環境が充分に整っていたわけではない。さて近年スペインでは版画の研究が盛んとなり,各美術館が所蔵する版画のカタログや版画家のモノグラフィー,さらには版画通史の刊行が進んでいる。そこで解明されてきた18世紀後半の版画史の枠組みのなかで,技法的側面を視野に入れながら,ゴャの版画作品を再検討する時期が今きているのである。従来ゴヤの独創性ばかりが強調されがちだったが,当時の版画の実態を踏まえた研究が続けられれば,新しいゴヤ像が示されるはずである。報告者はこれまでの研究調査のまとめとして,18世紀末にスペインヘ紹介された版画の新技法であるアクワティントとゴヤとの接点について具体的な検討を試み,最近定着し始めた説への疑問点を明らかにし,将来の研究の指針を示したい。この報告は1996年9月にマドリードの国立図書館美術室ならびに国立銅版画院で実施した版画調査と写真図版の収集の結果を中心に作成した。さらにゴヤ生誕250周年にあ亮-68 -

元のページ  ../index.html#77

このブックを見る