鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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木版本の完全な目録は未だ編まれていないため,現存する総数は正確にはわからない。欠落頁のない状態で保存されている例は極めて少ないが,不完全本も含めれば約390点ほどが現存するようである(注3)。またそのほかに,単葉や断片の状態で残された例もある。一般に,木版本は活字を用いず,文字も手彫りで彫り出しているために,手写本から活字本へと変貌する書物制作のあいだを繋ぐ役割をするものと捉えられがちである。活版印刷術が登場するのは1400年代半ばのことであるから,この見方でその制作年代を類推するなら,木版本はそれ以前から存在し,活字本の登場とともに次第に姿を消していったと考えられるであろう。しかし過去の研究史では,木版本の制作年代には諸説ある。活版印刷が行われる直前の1440年頃から1400年代後半にかけて木版本印刷が盛んであったとみなす説,あるいは,1300年代後半から西ヨーロッパで制作の始まった一枚刷りの木版画との様式比較にもとづき,1420年頃から1450年頃までと考える説などである(注4)。しかし近年,紙の透かしの研究によって,今日残っている作例に使われた紙のほとんどに1400年代後半以降に作られたと確認しうる透かしがあることが明らかとなっている。また,その透かしの中には1530年代頃までのものも含まれていた(注5)。この分析にもとづくなら,木版本は活字本とほぼ時を同じくして登場し,平行して生産され,なおかつ,活字本が広く流布するようになっても作り続けられたことになる。そして現時点ではこの説に対する決定的な反証は提出されていない。だとすると,旧来のいわゆる「木版本は手写本と活字本を繋ぐもの」という見方は必ずしも妥当ではないことになろう。他方,木版本の制作地は透かしでは決定しきれない。透かしによって生産地域は推定できるが,既に商取引のルートを通じて種々の紙が広範囲に流通し始めた時代であり,必ずしも木版本が制作された地域と紙の生産地が一致するわけではないからだ。そのため木版本の制作地はテキストの言語や,余白や空白の頁に書かれた文字の言語によって類推されている。現存する木版本のテキストのはとんどは,ラテン語かオランダ語かドイツ語で書かれている。同時代,ないしその直後に書き込まれた言語の多くは,ラテン語以外ではオランダ語やドイツ語である。このことから,今のところ制作地はネーデルラントとドイツという見方が一般的である。一方,木版本のなかでも特に同時代的に人気があり,多くの版を重ねて世上に流布したのは『貧者の聖書』や『往生術』,そして『黙示録』であった。『黙示録』は,ほ-90 -

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