⑮ フランスの新都市整備におけるパプリック・アート事業-1パーセント政策との関わりを中心にart public「アール・ピュブリク」)の諸例は,都市計画に造形芸術を融合させる実験publique)」と呼ばれることが多い。この「コマンド・ピュブリク」という一般的概念「1パーセント制度」である。一つの公共芸術事業がフランスの公的パトロナージュ政研究者:宮城教育大学教育学部助教授新田秀樹1.はじめにフランスの都市政策において新都市(VillesN ouvelles)の建設計画が具体化したのは1970年前後のことである。1969年から73年にかけてパリ首都圏に5つの新都市と地方部に4つの新都市を建設する構想が動き出す。関係10省の大臣がメンバーとなって新都市中央グループ(GroupeCentral des Villes Nouvelles)が設立され,その事務局が置かれるセルジ・ポントワーズ県庁が開設されたのが1970年のことである。以後,この新都市中央グループが中心となって,とりわけパリ首都圏の新都市セルジ・ポントワーズ,ェヴリー,サン・カンタン・アン・イヴリン,マルヌ・ラ・ヴァレなどの建設の過程で採り入れられてきた公共芸術=パブリック・アート(フランス語でとして注目されてきた。このほか,パリのラ・デファンス地区の開発やブレスト,ニース,マルセイユ等の既存都市の再開発に導入された造形芸術計画,あるいはパリを始めとするフランス各地での歴史的建造物に現代美術を統合する試みなども含め,フランスの公共芸術の多様な成果は他の欧米諸国や日本のモデルともなってきた。この種の公共芸術は,国家による芸術庇護の長い伝統をもつフランスにおいては,パトロナージュの主体性を強調して「公的発注=コマンド・ピュブリク(commandeは,1980年代には狭義の固有名詞として政府の芸術政策の新たな枠組みを示すものとなり,新都市や都市再開発に付随する造形芸術計画にも活用されるに至ったのであるが,第二次世界大戦後,広義の公的発注の基盤となってきたのは建築装飾のための策のどのカテゴリーに入るのかを見極めるのは簡単ではない。とくに新都市での公共芸術はケースバイケースでさまざまな仕組みを組み合わせて実施されており,「制度」として一般化することが必ずしも容易ではない。本稿では,新都市を中心とする造形芸術計画に関する第一段階の報告として,フランスの公的発注の底流をなす1パーセント政策の時代的推移を追うことによって,新都市での諸計画が20世紀後半における-157-
元のページ ../index.html#167