作品群といえる(コンタレッリ礼拝堂の装飾も,実現はされなかったものの,1565年にムツィアーノと契約されている)。特に,フレスコではなく2点のカンヴァスを側壁に設置するという,当時としては異例の方法はカラヴァッジオにそのまま踏襲された。主題の扱い方や様式においては,従来の説では両者の相違点が強調されてきたが,フリードレンダーの指摘するように,側壁の「マタイの殉教」〔図1〕は明らかに類似した群像構成を示している(注8)。また,リュネットに描かれた「聖マタイの召命」〔図2〕は,一見カラヴァッジオ作品と全く異なるが,画面中央のキリストとその後ろで背中を見せる使徒との組み合わせは,カラヴァッジオの「召命」〔図3〕のキリストとペテロの組み合せとポーズにおいて近似している。また,ムツィアーノ作品において左端で頭を垂れるマタイは,カラヴァッジオの作品の右端でうつむくマタイとは異質の印象を与えるが(注9)'キリストとマタイが対峙するときの心理的な緊張が共通しているといってよい。ムツィアーノの作品では,キリストとマタイとが,何者も間にはさむことなく対峙しているために,両者の出会いの緊迫感が強調されているのに対し,カラヴァッジオは,この向かい合う二人を,画面の両端に引き離して,出会いをより劇的にしようとしたということができる。また,マッテイ礼拝堂の祭壇画は,コンタレッリ礼拝堂と同じく福音書記者としての「聖マタイの霊感」を扱っているが〔図4〕,前者はロレートの聖母,後者は天使がマタイに添えられている(注10)。カラヴァッジオの「聖マタイと天使」(第ー作)〔図5〕の図像に関しては様々な源泉が指摘されているが,ラファエロの原作に基づくケルビーノ・アルベルティの版画「ユピテルとクピド」と,やはりラファエロ原作に基づくアゴスティーノ・ヴェネツィアーノの「聖マタイ」の両者であるとするという指摘はほぼ間違いないであろう(注11)。しかしながら,ムツィアーノの「聖マタイ」と比較すると,右腕から肩にかけての表現や書物の位置がカラヴァッジオ作品のそれに酷似しているのに気づく。上記の版画ではいずれも右腕は上方に折り曲げられており,カラヴァッジオの聖マタイのポーズとは異なる。つまり,カラヴァッジオは,「聖マタイと天使」を構想するにあたって,ラファエロの原作に基づく版画から,脚を組んで少年に寄り添われるマタイの姿を借用し,書物を執筆するマタイの右腕についてはムツィアーノの先例を採用したと考えられるのである。もちろん,こうした借用は画家の意図せざる些事であったかもしれないが,公式な注文による初めての宗教画連作を制作するにあたって,カラヴァッジオがつい10年ほど前に完成した同主題の壁画サイクルを念頭-183-
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