鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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⑲ シャルトル大聖堂のステンド・グラスにおける「寄進者像」の再解釈2.「寄進者像」という学説の批判的検証献2)。20世紀になり,1917年に刊行されたジュヌヴィエーヴ・アクロックの歴史学研究者:名古屋大学文学部助教授木俣元一1.はじめに盛期ゴシック様式を代表する,シャルトル大聖堂〔図1〕の13世紀初頭に制作された窓に,これらのステンド・グラスの寄進者像と一般に解される人々を描くイメージが組み込まれている。これらの人々を伴う窓は,全体では116点あり,その社会的階層から3つのグループに分類できる。王侯・貴族が44,聖職者が16,さまざまな職種に属する職人や商人たちが42(うち39が現存;資料1参照)の窓に現れる。ここで問題としたいのは,第3のグループの職人や商人の仕事の情景〔図2〕を,それらが描かれている一つ一つのステンド・グラスを寄進した人々のいわば「署名」として解釈することが,当時の文献資料による裏付けなしに,また正当な議論も経ず,一般に受け入れられてきたことだ。本研究は,数度にわたる現地調査と写真撮影,写真資料の整理と詳細な分析を出発点として,こうした従来の解釈の問題点を指摘し,批判すること,そして今後の新たな議論の可能性と解釈の方向性を示すことをめざす。次節では,これらのいわゆる寄進者像が,それぞれの窓を寄進したという解釈が正当であるかどうかを作品に基づきながら批判的に検証し,結論としてそうした解釈を否定したい。第3節では,これらの職業集団のイメージが,寄進者像ではないとしたらどのような意図から描かれたかについて仮説を提出する。この仮説とは,これらの職業集団のイメージが,キリスト教の教義的メッセージの提示に貢献し,さらに全体として,諸々の信者が一体となって作り上げる「キリスト教会」の階層的構造という理念を視覚化しているというものである。(1) 学説の形成と継承まず,シャルトル大聖堂のステンド・グラスの研究史において,これら職業集団の表現を寄進者と考える学説の形成と継承の歴史を簡単にたどってみよう。19世紀以来,職人たちのイメージは窓を寄進した同業組合を表すと漠然と考えられてきた(文-199-

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