鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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(2) 聖体の秘跡の教義との関わり:パンと葡萄酒は,シャルトルの信仰の中心である聖母に対する彼らの帰依を表現しようとする意図が明らかなのに対し,職業集団のイメージは彼らの仕事を行う姿を描くという決定的違いがある。この点についてウィリアムスは,パン(4つの窓),葡萄酒(3つの窓),貨幣交換(両替)(4つの窓)に関連する職業のイメージが頻繁に現れるが,これらの職種が大聖堂にとって重要であり,大聖堂に対して実際に行われたパン,葡萄酒そして貨幣の寄進行為と関連させて説明する。その他の職業集団のイメージも,大聖堂のためにその管理下で行われる労働という理念を描くものとしている。しかし,何度も繰り返して描かれるのは,これら3つの職種ばかりではなく,ほかにも,靴職人は3つの窓,毛皮や布地を扱う商人は5つの窓,革なめし職人は4つの窓,機織り職人は3つの窓に現れる。したがって,パン,葡萄酒,そして両替に関わる職種だけが重要だったとは言えないし,描かれる頻度をその職種の重要度をはかる尺度として用いることにも問題がありそうである。ウィリアムスを含めて従来の研究の問題点は,これらの職業集団のイメージについて,それが窓の寄進行為であれ,パンや葡萄酒の寄進行為であれ,常に現実との対応関係で説明を求めてきたことだ。その根底には,視覚的イメージが含むある種のリアリズムヘの誤解があったのではないか。反対に,これらのイメージが含む理念的または概念的特質に目を向けることが正しい解釈を導くであろう。ウィリアムスは,シャルトルの司教を頂点として,シャルトルの経済や流通を支配しようとするイデオロギーを視覚化したものであると強く主張する。私は,そこまでいかなくとも,まず何よりもキリスト教本来の教義や神学思想と関わる枠組みの中で,その意図を理解したり,内容を解釈したりできるのではないか,と考える。この意味で,パンと葡萄酒に関わる人々の表現は,キリスト教の基本的教義である聖体の秘跡に結びつく。パンと関わる人物が窓の下部に配される例は,地階レヴェルで内陣中央に位置し,「最後の晩餐」の場面を含む《使徒伝》の窓(no.0)〔図9〕,高窓レヴェルでも内陣中央に位置し,「受胎告知」,「訪問」,「聖母子」を描く窓(no. 100)〔図10〕,そしてその左で予言者モーセとイザヤを描く窓(no.102)に見られる。明らかにキリストの受肉や聖餐の秘蹟と深く関係する場面や予言者が選択されている。また,この位置は主祭壇の正面で,典礼的関連性が深い。こうして,焼かれて流通する現実のパン,また司祭の聖別により祭壇上でキリストの身体と聖変化する-202 -

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