鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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(3) 「働く人々(laboratores)」としての職業集団のイメージ(no.103)に描かれた牛を屠殺する人物(肉屋と通常解される)〔図11〕も,キリスト13世紀以降説教で頻繁に用いられた「例話exemplum」から,酒を売る居酒屋〔図14〕は,司祭の聖別によりキリストの血に聖変化した葡萄酒を信徒に与える教会〔図15〕と比喩的関係で当時結ばれていた。また,司祭が祭壇に向かいカリスの中の葡萄聖体のパン,そして人類の贖罪のため受肉し犠牲となるキリストという3つのレヴェルに属する存在が一種の比喩的関係によって結ばれる。さらに,内陣中央部の高窓の犠牲との関わりで説明できよう。シャルトル大聖堂の西正面扉口でも,「最後の晩餐」の場面と牛を犠牲に捧げる人物を関連させている〔図12〕。聖レオビヌスの伝記を描く窓〔図13〕は葡萄酒と関わるイメージを多く含むが,この窓について,ケンプはこの窓を寄進したと思われる葡萄酒販売業者の自己宣伝と考え,ウィリアムスは大聖堂への葡萄酒の寄進行為と関係させた。しかし,この窓もパンの主題と同様,聖体の秘蹟という教義的内容との関係で解釈すべきである。まず,酒を聖別する場面〔図16〕と隣接して,レオビヌスが聖アウィトゥスから葡萄酒庫の鍵を受け取る場面〔図17〕があるが,これは司祭として葡萄酒の聖別を行うことができる「鍵の力potestasclavis」を得ることを象徴的に示す。これはシャルトルのステンド・グラスの制作と同時期の1215年に開かれた第4回ラテラノ公会議で正統教義とされた全実体変化の神学思想と関連する。この思想は,叙階によって「鍵の力」を得た司祭の聖別の言葉によってのみ,パンや葡萄酒がキリストの肉と血に変化するというもので,この窓では,シャルトルの司教であった聖レオビヌスを主人公として,キリストを源泉とする鍵の力を有する聖職者が媒介となって一般信徒を司牧するキリスト教会の概念をイメージ化すると同時に,シャルトルの司教権も強調している。つまり,この窓全体で表明されているのは,キリストを頂点とし聖職者を媒介として,聖体の秘跡によりキリストと結びつくキリスト教会の構造なのである。この聖レオビヌスの窓がキリスト教会の階層的構成を示すという解釈は,他のいわゆる「寄進者像」について解釈するヒントも与えてくれる。これらの表現は,当時一般的だった杜会の3分法に従い,「戦う人々bellatores」,「祈る人々oratores」,そして「働く人々laboratores」としてキリスト教会を構成している信者を表すと考えられる。「働く人々」という概念は12世紀までは農耕に携わる人々と対応していたが,フランスの中世史家ジョルジュ・デュビー(文献5)が示したように,13世紀には都-203-

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