鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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4.結び市の職人や商人に対応するようになる。シャルトル大聖堂内で,王侯貴族,聖職者,職人や商人たちのイメージがどのような位置に配されているかを図示すると興味深い結果が得られる(資料2参照)。すなわち,それぞれのカテゴリーについて窓の配置がかなり整然と分けられており,王侯貴族はトランセプト西側と内陣南北の高窓,聖職者はトランセプト東側,そして職人や商人たちは内陣周歩廊と外陣側廊に集中する。こうした配置は,キリスト教会を作り上げる3つのカテゴリーに属する信徒を,大聖堂全体の建築と対応させて,整然と振り分ける意図があったことを示す。逆の見方をすれば,内陣周歩廊と外陣側廊の部分は,「働く人々」すなわち職業集団のイメージで埋められねばならなかった。ところで,シャルトルのステンド・グラスには多種多様な職業が描かれているように思われがちだが,実際には,前述のようにかなり限られた数の職業が何度も繰り返して現れているにすぎない。また,その表現も,先ほど観察した靴職人の例に限らず〔図18,19〕,同じパターンを用いて,それに時折細部の変更を加えながらコピーするという特質がうかがわれる。すなわち,シャルトルの職業集団のイメージは,なぜか現実に取材した生き生きとした描写という評価を毎度のように与えられる傾向かあるが,実際には明らかにごく限られた数の手本,おそらく写本挿絵などで提供された手本に基づき,それを転写・編集しつつ成立したものだ。現実の職業の多様性を反映したり,その仕事の様子をじかに観察して再現してはいない。42という多数の窓に描かれたのも,表現すべき内容がそれだけ多くあったからではなく,それだけの数の窓に職業集団のイメージを表す必要が先にあり,数少ない手本を膨らませて埋めていったと説明できる。そして,彼らが他ならぬ働く姿で描かれたのも,その所属する「働く人々」というカテゴリーの特性を示すためであると説明される。シャルトルのステンド・グラスは,その全体において,キリストを頂点として聖母,12使徒,諸聖人の物語や肖像のもとに,キリスト教世界を構成する人々を,王侯貴族(戦う人々),聖職者(祈る人々),職人や商人(働く人々)という3つのカテゴリーに従って大聖堂のしかるべき部分に位置する窓の下部に配し,すべてが一体となって作り上げる「キリスト教教会」という理念を目に見える形として表現していると考えられる。本研究でとくに問題とした職業集団のイメージは,19世紀以米漠然と窓-204-

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