鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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Gomfin 1使用)を汚れの落ちにくい部分に少量ずつかけてゴムの粉末に埃の粒子を4.今後の課題像は描かれていない。布の中央部を縦に走る枠で囲まれた1行のヒエログリフの銘文が,唯一の装飾となっている。古代エジプトにおいて,画像と銘文とは,優劣を決めがたい存在で,共に伝達すべき,あるメッセージのふたつの表現に他ならない。従ってこの1行の銘文は,他の亜麻布のオシリス神画像に相当する。銘文と枠とは赤褐色の絵具で記されている。この絵具は,自然界に存在する赤鉄鋼の粉末からなる顔料をゴム溶液で定着させたものである。他の多くの葬祭用亜麻布で最も頻繁に使われる顔料で,その使用はローマ時代まで変わらなかった(注23)。埃の除去の為に,まず亜麻布の上に目の細かい網状のプラスチックをかぶせ,電動クリーナーで埃を吸い取ったところ,かなりの改善が見られた〔図8〕。しかし織り目に深く入り込んだ微粒の埃は取り除けなかったので,銘文の部分では特に顔料を損なわないよう注意しつつ,修復家専用のゴムの粉末(Stouls社製の付着させては粉末を除去してゆく作業を繰り返した〔図9• 10〕。この作業中に小型の電動クリーナーの使用は非常に有効であった〔図11〕。デール・エル・バハリ出土のアメン神官団の亜麻布のクリーニングに関しては,このような埃の除去作業をねばりづよく実施することで充分な成果がみられたので,カイロ・エジプト博物館の他の亜麻布の埃の除去に対してもこのクリーニング方法が適しているものと思われる。アンクエフエンコンスの亜麻布には,長年月にわたって,ピンで固定した額装という,不自然な保存方法によって布のゆがみや折れが生じているが,これらを矯正する時間が,本調査期間内に持てなかったのは残念である。この作業は次回の現地調査において実施する予定である。カイロ博物館蔵の絵入りの葬祭用亜麻布のコレクションにおいて,質量共に最も充実しているコレクションは,デール・エル・バハリで発見された「王家のカシェット(隠し場)」と「第2のカシェット(隠し場)」との2つのカシェット出土の亜麻布である。これらは美術史的見地からあるいは宗教史的見地から貴重な情報源となっており,本研究調査を進めて行く中で,その重要性を再確認した。しかし同時に,これらは,保存処置を施す必要性に最も多くせまられている状況も判明した。「第2のカシェット」出土のアンクエフエンコンスの亜麻布のクリーニングの実施をとおして,同-219-

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