に写真で紹介され,ドイツ人を感激させる作品として説明された(注33)。彫刻の中では,醍醐寺のく吉祥天立像〉が,日本彫刻史彫像の優美と彩色の美しさを示す作品として,また観心寺のく如意輪観音座像〉は,正倉院の鳥毛立女屏風と同じ美人の形式を示し,ドイツ人の目を満喫させるものとして紹介されている(注34)。仏画では,当時新たに発見されてこの展覧会で初めて公にされる作品群として,展覧会前年夏に発見された醍醐寺のく密教図像〉(白描)と,普賢院のく五大力菩薩像〉(白描)は,ともにドイツ人の目を驚かす作品として選択されている。また狩野派,光悦派,円山四条派では,装飾的な日本画が,実は写生に基づいたものであることをドイツに理解させることを目的にく写生図巻〉が注目された。その際,さらにく写生図巻〉によってドイツ側が欧州の画家の写生図と比較することも期待されていた。3-2 ドイツ側での日本美術評価では,こうした日本側の意図によって選ばれた作品は,ドイツではどのような評価を得たのだろうか。ドイツでの新聞や雑誌の記事によると,ドイツでの評価は大きく2つにまとめることができる。まずドイツ側では,日本側の目論見に応える形で,日本の写実性が注目され(注35),中でも,尾形光琳や円山応挙のく写生図巻〉が高く評価された。しかも,その質の高さは,ドイツの巨匠デューラーや,フェルメールの師であった画家カレル・ファブリティウス(注36)と比較されるほどであった(注37)。また写実と相まって,日本の絵画がいかに繰り返しの習作を通して,装飾的,即興的に描き出されるかについても,見逃してはいない。これについてはロデンス博士が,WestdeuおcheBeobachterに逸話を載せて言及した(注38)。つぎに,ドイツ側で評価されたのは,日本の美術が日本の内的な精神を表すものとしていかに優れているのか,という点であった。A・ブロイアーがKunstRundschau の中で,「豪華な作品である彫刻では,特に8世紀の薬師像には古典的な落ちつきと,内的で精神的な命が表現されている」と指摘している。また日本の絵画,特に絵巻物と水墨画については「リアルな価値」のみではなく,「欧州よりも幻想性などというものが大きな役割を果たしたもの」と評価した(注39)。ブロイアーは,そうしたコメントから,日本の美術品をドイツ人たちの芸術創造の手本となることを望んでいる。このような日本精神への着目は,当時日本政府が他国へのアピールとして打ち出していた方針と重なるものであり,それゆえ展覧会での方針というよりは,それ以前-232-
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