鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
243/711

からの日本政府の思惑に応えたものとして理解される。上記のように指摘した専門家は,優れた作例を具体的にとりあげている。ここでそれらの作品を列記するならば,彫刻では法隆寺所蔵く観音菩薩像〉,橋本関雪所蔵<毘沙門天像>,原壽枝所蔵く伝源頼朝像〉,細川護立所蔵く能面〉,雪村筆く風濤図〉,宮本武蔵筆く鵜図〉,光琳筆く三十六歌仙〉,酒井抱一筆く風雨草花図〉(注40)などがある。ところで一般の観者はどのような作品を評価したのだろうか。当時の新聞をより詳細にみるならば,その手がかりとなる興味深い記事を見出すことができる。それは展覧会の出陳作品の絵はがきの売れ行き状況を報告する記事である(注41)。それを参考に,一般の人々の評価を具体的な作品レベルで探るならば,専門家の支持した作品の傾向とは一部異なることがわかる。すなわち彫刻では,肖像彫刻として出品されたく伝平清盛座像〉<伝源頼朝座像〉(注42),絵画では雪村筆く風濤図〉,それに日本側からは特に新聞紙上では紹介されなかった抱一筆く紅白梅図屏風〉(注43),応挙筆<群鶴図〉,歌麿筆く更衣美人図〉が評判を博したのであった。これらの作品を見る限り,日本側で特に力を入れていた作品が,そのまま一般の観者に好評であったわけではないことがわかる。例えば日本側の最も重要な作品である御物の2点は注目されていないし,分野の点では仏画は一点も挙がっていない。逆に支持された中には,日本側から特に期待されていたわけではない雪村筆く風濤図〉や抱一箪く紅白梅図屏風〉などがある。かれらの支持した作品群からは,なぜそれらが評価されたのか,その要因を次のように推察することができる。すなわち,彫刻においては,仏像ではなく,実在した肖像が支持されたことから,現実的な写実性を重視したということができる。一方絵画では,そのような写実性とは若干異なり,特に抱一筆く紅白梅図屏風>に見られるように,装飾などに結びつく意味での写実性が注目されていたと思われる。さらに,出品数もわずかだったにもかかわらず,歌麿が支持されたことは,従来の日本美術=浮世絵の構図がいかに欧州で浸透しているのかを示しているといえる。このように,専門家の場合には,大方日本側の意図を反映するかたちで作品が評価されていたといえるか,一般人の場合には,現実的な写実性への関心といった日本側の意図を反映する面が見られる一方で,従来の浮世絵への興味など,日本側の意図と3-3 具体的な作品にみる専門家と一般の評価-233-

元のページ  ../index.html#243

このブックを見る