鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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ち,同氏自身が,ディドロの旧蔵書を見分ける3つの目印を同定するのに成功した,というのである。そして,それらの書物は現在,ペテルブルクの他,モスクワとエカテリンブルクの図書館に分散していることが分かっている。そこで,かれの見つけた3つの目印を手掛かりとして調査を行うならば,ディドロの蔵書目録を復元することができる。これを2年を目途として行いたい,というのがコパニェフ氏の打ち明けてくれた計画である。現在のところ,先行絵画論からディドロの受けた理論的影響は,思想の類似から推定するのが主たる方法である。この点の検討が不可欠であることに変わりはない。しかし,コパニェフ氏の試みが成功するならば,プルーストが明らかにした図書館からの借りだし本のリストとともに,実証的な足掛かりが得られることになる。今後,同氏と連絡をとりつつ,絵画論関係のディドロの蔵書のタイトルについての情報を得たいと考えている。上記全集本の『絵画論』序文のなかで,G・メイはその最後の2章を指して「建築を主題とする2章」と言っている。第6章は「建築に関するわたしの意見」と題されているから,建築が主題だと言っても間違いではない(ただし,その内容はあくまで建築と相関させて絵画を論じたものである)。そして第7章は「ここに先立つものの小さなcorollaire」と題されていて,「ここに先立つもの」を第6章と読めば,これは「建築論の補足」と理解されることになる。これはメイだけの理解ではなく,広く流布している『ディドロ美学著作集』の編者P・ヴェルニエールの意見でもあった。また,『絵画論』は第5章までにおいて,デッサン一色彩一明暗法ー表情ー構成と,絵画論が扱うべきすべての主題を論じているから,最後の2つの章を一まとめのものとして受け取るのも,差し当たり無理からぬところがないではない。そして事実,この章にはサン・ピエトロ寺院への言及も含まれている。しかし,このような理解は速断のそしりを免れない。結論から言えば,上記の「ここに先立つもの」は第6章ではなく,第1■6章の全体を指すものと理解しなければならない。この判断は,当然,そこに記されている内容の理解に即してなされるべきものであり,その点は後で略述する。しかし,それだけでなく,『文藝通信』の公表の歴史を参照すれば,言い換えればそのテクストをフォローしていれば,自づからに4 『絵画論』第7章の主題について-16 -

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