鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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(1847年のサロン展)〔図1〕の醜聞である。彫刻家の愛人にして,今日『悪の花』のて,前例をひとつ想起させる。オーギュスト・クレザンジェの『蛇に噛まれた女』詩人のムーサとして記憶される夫人の「胸,腹,腿が無節操に鋳型で取られた」この作品は,アンチームな性表現から通俗的関心の的となった。ゴーティエは,「白く軟らかなこの肢体に手を触れるなら,温かさをきっと感じるだろう」と像の愛撫へと誘われる。そのいっぽうで,そこに「情熱的で,暴力的な現実」を見出し,その「近年稀にみる独創性」を称えた(注2)。このゴーティエの判断は,前年にボードレールがものした「19世紀唯一の形而上学的彫刻論」(W・H・ジャンスン)を引き継いでいた。かれは,同時代の大理石彫刻が,窒内装飾のための「補足藝術」に成り下がり,太古の「カリブの藝術」がもっていたフェティシスムを喪失,ゆえに「退屈」極まりない,と断じていた。クレザンジェの彫像は,間違いなくこのフェティシスムを復活させるものだった。しかし,そのレアリスムは,今日の美術史では特筆されはしない。クールベのレアリスムが,50年代前半の歴史にオ卓さす事件として特権化されるいっぽう,その前史として挿話的に語られるのが常である。彫刻史の遅延性件の作品が彫刻のレアリスムの具現として特筆されない理由は,少なくとも二つある。まず,「無節操」なる批判が,主題の水準で表面化しただけでは,文学や絵画におけるレアリスム批判の範疇に吸収され,彫刻が担ったレアリスムの特殊性がみえてこない。それを「彫刻のレアリスム」として歴史に銘記することは困難である。ふたつめの理由は彫刻のレアリスムという主題の本質に関係がある。クールベに代表される絵画のレアリスムが,写真という同時代の発明と競合することで,科学的な発展史に身を置きえたのに対し,彫刻のレアリスムは,鋳型という遠い過去からある複製技術に抵触する。デスマスクにせよ,蟻人形にせよ,それは近代藝術史から排除された複製技術であり,それに比すべきレアリスムの彫刻は歴史的遡行としてしか認識されない。少なくとも19世紀以降,彫刻のレアリスムが新たなパラダイムとして,歴史に刻まれることはなかった。過去への遡行をいざなうレアリスムの彫刻は,その歴史的固有性を定義しえず,その結果,絵画史モデルヘの追従によってしか,歴史化されてこなかった。たとえば,-270-

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