(2) 絵巻作品からの図柄借用これまで再三述べてきているように,為恭の作画の根幹には古絵巻の学習が存在する。そして為恭作品は絵巻に描かれたモティーフを合成して作画されたものとの指摘が多くなされるが,実際にどの絵巻のどのような図柄を自作に取り入れたのか,という点についてはほとんど指摘されていない。実作品に見られる「やまと絵」学習の様相については,今までとくに論じられてこなかったのである。今までに指摘されたただ一点の「やまと絵」学習の作例は,昭和五十四年に村重寧氏によって提出されたもので,「春日権現験記絵巻」巻三に描かれる画中画と,為恭が制作した大樹寺障壁画のうち「円融院天皇子日遊之図」の部分である(注53)。そこで今回,新たに絵巻作品と為恭の作品との比較検討を試みた。その結果,おぼろげながら,かつ為恭による図柄借用とまでは明言できないが,ある程度出典を特定できる作例をいくつか発見する事ができた。例えば為恭の「枕草子図」(千葉市美術館蔵)もまた,村重氏が指摘した「春日権現験記絵巻」巻三の画中画を摸したものと言える。あるいは樹木の表現にも「春日権現験記絵巻」からの借用(学習)が見られる。為恭「嵐峡三舷図」(東京・個人蔵)に見られる細い松の枝の左右へのしなり,「小督仲国図」(山種美術館蔵)に見られる幹の根元の部分で枝分かれした樹木の表現は,いずれも「春日権現験記絵巻」に多く見られる樹木表現である。調度の表現の借用という点では,為恭「年中行事図巻」(細見美術館蔵)の九月の画面,重陽の節句を描いた場面に描かれる御帳台と「春日権現験記絵巻」巻二に描かれるそれとの類似が指摘できる。景観表現では,現在摸本のみが伝存する「年中行事絵巻」巻三の蹴鞠を描いた図と,為恭「年中行事図巻」三月の曲水宴図との間に借用関係が見られる。流れる水とそこに浮かぶ桜の花びらの表現が,ほぼ一致する。画面の全面的な借用という点では,先にも挙げた「年中行事絵巻」と「年中行事図巻」との間に二図指摘することができる。これは主題を同じくする事からも当然の事と言えようが,「年中行事絵巻」の現存部分のみとの比較であるという難点を除いてもいささか少ない。為恭の「年中行事図巻」では四月「灌仏会」がほぼ全面借用,十月「射場始」は「年中行事絵巻」の中に描かれる弓場始と騎射の図を合成した図となっている。-311-
元のページ ../index.html#321