ママ4.伝統画法との関連本作品で用いられた絵画表現の中で伝統画法と一番著しい関連を見せているのが線による表現である。描線は一旦衣紋線と身体の部分を描いた線を使い分けた上で,遠近を顕しており,画面前面に立っている弟子の袈裟の衣紋では濃い墨で太い線を,また,奥の方へ行くほど淡く細い線を施している。人物の距離による線の濃淡の差は身体描写にも同じで,手前の弟子達,釈迦,大梵天王の順に奥へ行くほど淡く細い線が使われている。しかも線の肥痩と墨の濃淡の組み合わせによる様々なバリエーションが豊かな表現を示している。線の濃淡や肥痩による遠近表現は,すでに前の年に日本絵画協会共進会に出品した「四季景色」でも見ることが可能だが,その人物描写における表現能力は本作品でもっと豊かに発揮されている。特に身体表現で見る描線は肥痩の変化がほとんどない線描で,その揺れの痕跡もない流暢な形では古画模写の成果が表れている。これに対し衣文線の場合揺れた部分が多く,また意識的に硬い袈裟や柔らかい袈裟の区別を付けた点や線の形にはまだ檎本雅邦の影響が著しいなど問題点も持っている。このように線を通して対象を描写し,さらには遠近表現にも線が持つ表現力を活用している当時の彼にとって線はいかなる意味を持っていたのだろうか。「拮華微笑」の製作と時間的に一番近い文でありながらこの問題について彼自身の立場が一番克明に現れているといえる「画苑新彩」には(前略)日本画といえば線は必要なのだ,之れを除けば日本画は西洋画に取られて了ふ。(中略)日本画の線の意味は西洋画にあるが如き物と空気との間,または色と色との間にある経界の線ではなくって,釈迦なら釈迦の円満の顔を画こうと思ふをりにさう思ふ意味が出るものが即ち線なのです。かうだとか,あうだとかいう意味を感じ現わすのか線なのです(注15)。とあり,線の重要性を強調している。次の時期の朦朧体のことを考えるとアイロニカルに受け止められる文であるが,朱線で描いた釈迦の描写で克明に表れているそのような認識は当時春草が目指していた造形的な目標の一つがまさに線の追求であったことを意味する。当時春草にとって線はあたかも日本画の最後の保塁のような要素であり,しかもそのような線に対する強調は日本画と西洋画との間の差を意識した上での強調である点-345-
元のページ ../index.html#355