鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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作版画の先鋭的な仕事を横目に,孤雁はプライドが許さないから版画では同種の発表はしなかったが,塑造で試みていたのでなかろうか。資料としてしか取り上げられることはないが,年賀状には創作版画家としての資質が十分表れている。また『創作版画と版画の作り方』には,孤雁が創作版画運動に欠けているかを見越してィ云えようとしたものが何か十分に読取ることができる。四,彫塑について孤雁の彫塑を考える場合,荻原守衛を外して考えることはできない。孤雁が彫塑を始めた切っ掛けは,荻原守術の「戸張孤雁像」のモデルになったことである。荻原との芸術に対する討論はアメリカ時代から何度となく繰返され,帰国後は二人の間では理論上は殆ど差異が無かったようである。孤雁は,「戸張孤雁像」〔図36〕の石膏原型を貰い受けて一生自分の身近に置き続けた。この作品が造られる間,孤雁は食い入るように荻原と,荻原の手技,そして刻々と変わる土を見つめていたに違いない。この「戸張孤雁像」はモデリングが非常に大きい所と,繊細なところが両存している。また,頬に当てている手などは後からとって付けたような感じで,寄せ集め技法を思わせる。この手は,頭から顎にかけて落ちてくる力に対して下から突き上げる力となっている。また,この像を真横から見ると,「く」の字の形をしている。簡略で大きな面で構成された全体と,上部からの動勢と下からの動勢が,ぶつかり合うことでこの像の中に力が発生し,大きな精神的エネルギーを感じさせる造形になっている。最近,孤雁が生前に鋳造管理した「くもり」を見る機会があった。大きな面の組合せの中に繊細なモデリングが共存し,そこから生まれる動勢が明確で孤雁が何を見ていたのか直接伝わってくる。構造は>型で体艦と髪の動勢が相克する形で,髪は氷のように鋭く触れれば崩れそうな果なさを感じさせ,どことなく荻原の「女」を連想させる。この「くもり」は,孤雁が日本美術院同人に推挙された時の作品である。この作品が没後にブロンズ化されたものを何度か見る機会があったが非常に廿い印象のもので,何故この作品で同人に推挙されたのか納得出来なかった。ところが,今回見た生前鋳造の「くもり」は今までの考えを覆すもので,質の悪いブロンズは作家の力量を見誤らせることを再認識し,鋳造管理の必要性を強く感じた。具象彫刻の場合,観者にまったく不自然感や不安感,不興感を抱かせずいかにも自然な感じで知らず知らず観者を,作者の見た世界に引き込まねばならない。観者は,見ようとする意志があれ-388-

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