鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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ば無意識の内に心の深層で作者の見ていた内部造形の力を追体験することができる。そして,その力の発生源を直ぐ探り当てることが出来なくても波長が合えば心と目の間に振幅が生まれ,作品の不思議な生命を感じ取れる。孤雁もその力に魅入られた一人であり,その力の存在を知ったのは荻原とロダンの作品を通してであろう。今回の孤雁資料のなかには,大正2年4月に虎の門議員倶楽部で開催された白樺主催第六回美術展のカタログが含まれている。その展覧会には,ロダンと交流のあった外交官の安達峰一郎が所蔵していた「女のトルソ」(テラコッタ)が出品されている。孤雁は,カタログに「女のトルソ」のデッサンを二〜三方向から描き残している〔図37〕。このトルソに影響されたと思われる素描〔図38〕や単色版画が日本美術院の資料に含まれていた。またロダンの1890年作「LeGrand Desespoir」を模写したようなデッサンが今回の資料のなかに含まれていた〔図39〕。これらは,孤雁とロダンを直接結ぶ数少ない資料として貴重と考える。孤雁の「女」〔図40〕は前記のロダンの彫刻からのポーズの影響が感じられるが,孤雁の彫刻になっていて非常に細微な造りまで気が配られ,それが全体に溶け込んで細部を感じさせない。写真では,像の右腕が足の膝に押し上げられて凸形にいかにも自然に造られているが,実際にはありえない誇張の造形である。孤雁が,ロダンをどのように吸収していたかを如実に示す作例である。ところで前述のような目と感覚の掛け合いは,古くから色々な形で物に対する見方として取り入れられてきた。透視遠近法は幕末から日本に取り入れられ,現在ではいかにも自然がそう見えるように勘違いされている。透視遠近法は,実は我々が日常見ている世界とは似て非なるもので遠近法を取り入れる以前の日本には,遠近法を使わない物の見方がありそれで絵画などの表現に十分事が足り,人々も何の不便も不安も感じていなかった。例として,江戸時代まで頻繁に絵画などで使われていた逆遠近法的なものの見方がある。例えば,東大寺南大門の仁王像の顔は,地上から見たときにあの像の大きさに合って見えるから普通はだれも不思議に思わない。しかしよく考えるとあれ程高い所にある顔が,地上で自分の横に並んで立っている人々の顔と体の釣合いに近いバランスで見えることは不思議なのである。実際は大層顔が大きく,前に傾斜し,実際の人間の割合とは異なり地上から遠ざかる程大きく造られている。また絵画に例を取ると,奥も手前も人物や家具などの大きさが殆ど同じに描かれている襖絵や屏風絵が多く見られる。屋内を俯諏的に覗いたような描き方の場合は奥の方が大きく広く描いてある。それは,自分から離れた物ほど大きく描かねばいつも自分が見て-389-

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