鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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⑭ 繍仏における画風の研究研究者:文化庁文化財保護部美術工芸課文部技官伊藤信―・はじめに繍仏は各種の色糸をもちい,刺繍によって,仏像を表したものである。一般に縞仏という場合,その形式は,仏画同様掛幅装が圧倒的多数をしめるが,ままに幡の坪や,あるいは経典の見返しに仏像を表した例がある。また繍仏の像容は,如来・菩薩・明王・天部などの単独像・群像などであるが,なかには仏像そのものでなく,その種子を表したものもあり,これらも繍仏の例とみなすことができる。こうした繍仏の歴史について概観すると,周知のように,上代には相当の活況を呈していたことが,現存作例および記録の両面からうかがわれる。現存作例については,本邦作か舶載品かはともかく,奈良・中宮寺の天痔国繍帳(国宝・飛鳥時代)をはじめ,勧修寺繍仏の呼称で知られる奈良国立博物館蔵の如来説法図(国宝・奈良時代)や,綴織当麻曼荼羅図(国宝・奈良時代)などの堂々たる作品が今に伝えられている。また同時代の各種の社寺資財帳などに,繍仏の関係記事を数多くみいだすことができる。次の平安時代は,繍仏にとって大きな空白期間となっている。現在のところ,平安時代とされる繍仏の作品は皆無であり,文献上の記録についても,上代のそれに比べれば蓼々たる状況である(これは平安以降中世を通じて,記録のピックアップ作業が進んでいないことも一因にあるように思われる)。これが鎌倉時代になると,ふたたび繍仏の造像がさかんとなったようで,数多くの作品が現存している。主題をみると,掛幅装の仏画をそのまま刺繍で表現したような作品が多い。大阪・個人蔵の刺繍大日如来像(重文),石川・西念寺の刺繍阿弥陀三腺像(重文),滋賀・宝厳寺の刺繍普賢十羅刹女図(重文),栃木・輪王寺の刺繍不動明王二童子図(重文),東京・徳川黎明会の刺繍阿弥陀三尊来迎図(重文)など,的確で端正な像容が,多彩な色糸により表された優品が知られる。特に中世をつうじてもっとも多く製作されたのが,浄土教関係の繍仏である。とりわけ阿弥陀三尊来迎図および,種子阿弥陀三腺図が大多数を占めている。この造形は,鎌倉時代における浄土教および浄土教芸術の興隆と軌を一にしていることが想像され,むしろさきにあげたような,仏画然とした作品も,浄土教における繍仏製作の興隆の影饗を受けて作ら-401-

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