鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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れたとする見解もある(注1)。筆者は,従来あまり研究がされてこなかった,これら中世纏仏を研究対象としたいと考えている。ところで,繍仏の研究においては,刺繍の技法,繍技が第一のポイントになることはいうまでもないが,中世の繍仏はほぼ共通の繍技が用いられており,すなわち平繍.刺し繍で面部を埋め,返し繍.纏い繍で輪郭を取り,留め繍で各種文様を施すというものである。糸は平糸を用いることが多く,撚糸も撚が比較的緩いといった点で共通している。その精粗や技法の多寡によって時代や質を判断することになるわけだが,さはど明確な変化や差異の見いだしにくい繍技のみを手がかりに,作品の製作年代や製作背景を分析するのはなかなかに困難であり,従来においてもやはり尊像の図様,表現・文様の形態などを検討し,あるいは全体の「感じ」から製作年代を判断することも行われてきた。これをより積極的に進め,仏画を分析・鑑賞する際のポイントである図様・画風(像容・服飾等の表現や配色)を繍仏において検討することで,製作年代をはじめ,個々の作品の質により深く迫り少なくとも繍仏間での時代差や質の良悪の問題をより明確にしたいと考えている。むろん,あくまで繍仏は刺繍によって表されたイメージであり,絵画作品に比較すれば,具色とよばれる中間色の表現や,描線の闊達さなどで制約され,質的には大きな差があることはいうまでもない。逆に刺繍でこそなしえる表現もあろう。また,例えばある仏画と,図様や画風的に繍仏があったとして,その製作年代が同じであると判ずることには慎重でなければならないであろう。績仏というジャンルの中に,仏画分析的な方法をより積極的に応用するということである。ただ,同様の図様をもつ仏画と繍仏を比較することにより,仏画の表現が繍仏ではどの程度忠実に再現され,あるいはどのような表現に置き換えられているのかを観察することも,纏仏というものの特質を明らかにする上では必要と考える。・兵主神社旧蔵刺繍三昧耶幡について中世の繍仏は,その数が多いにもかかわらず,基準作がきわめて少なく,製作年代がはほ確定できるのは,旧兵主神杜伝来の刺繍三昧耶幡十七旋がほとんど唯ーという状況である(これとて掛幅装の仏画ではなく,幡の坪に剌繍であらわされたものである)。しかしともあれ,この基準作をまず調査することか不可欠と考え,調査・写真撮影を行った〔図1〕。-402-

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