仏画の色彩感覚に倣っている。阿弥陀三尊の肉身は金茶であるが,これは~倉時代の点では異なっている。まず図様については,阿弥陀の光背が宝相華唐草文~で,が,阿弥陀の頭部は数本一束ねにした毛髪を渦巻状にしたものを羅列する。髪際線は萌葱。眉.髭は上層が紺,下層が萌葱。目は上瞼の線が紺,瞳が紺,眼が白で,日頭・目尻に浅葱をさす。尊像の肉身線・阿弥陀の肉鬱の扇状・唇は同色で,現状でやや白っぽい黄色であるが,これも部位から判ずれば朱が褪色したものと思われる。阿弥陀三淳の頭光は,紺・浅葱・濃萌葱.萌葱・黄・紫・白によって左廻りに刷毛目状に彙網繍され,微妙なグラデーションがうまく表現されている。着衣には蓮華唐草文や雷文・蓮華唐草文・麻葉繋文・格子文・欅文などの幾何学文が留め繍で表される。細部にわたるまで実に緻密な刺繍が施され,また繍技も適材適所であり,前出の三昧耶幡より製作年代があがることは容易に認められる。本紙部分の図様と画風についてみると,阿弥陀は二基の踏割蓮華座に立ち,袈裟を通肩に着け,左右手ともに第一指と第二指を念じ,右手を胸前に,左手を垂下させる来迎印を結ぶ。観音は連台を捧持し,勢至は合掌して,ともに腰をかがめた姿勢をとる。鎌倉時代に盛行した立像系来迎図の典型的な図様である。尊像の像容は痩身で頭が小さく,顔貌は抑揚のある上瞼に切れ長の目を持つ,いわゆる理知的な表情をしている。特に観音・勢至の細身で腰高く,極端な撫肩の姿態や,細面で厳しい表情の顔貌は,京都・光明寺の阿弥陀三尊四十八化仏来迎図(重文・十三世紀後半)のそれに近似している〔図5• 6〕。配色については,肉身線や目尻,目頭に浅葱を刺す点などは,伝統的な仏画の手法につうじている。とくに標・浅葱・萌葱などの寒色が多用される点や,また髪際線に萌葱をもちいる点などは,鎌倉時代来迎図や山越阿弥陀図の金色の肉身に倣ったものと思われる。特に阿弥陀の右手に垂れかかる衣は萌葱で表されるが,これは禅林寺蔵山越阿弥陀図の阿弥陀や,京都・個人蔵阿弥陀二十五菩薩図の阿弥陀(十三世紀前半)で,同様の部位に群青もしくは緑青をもちいたところと通じている。三尊の済衣や天衣などの配色も,この二例に近似しているといえよう。阿弥陀三尊の着衣の服制や文様の種類,構成については,多少の差はあるが,基本的には鎌倉時代十三世紀後半以降の皆金色身阿弥陀来迎図や山越阿弥陀図諸作例にみられるものと近い。以上のように,本紙部分の図様・画風については,個別にみれば基本的には鎌倉時代の来迎図や山越阿弥陀に通じ,あるいは倣っているといえる。しかし以下のような-406-
元のページ ../index.html#416