鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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『方寸』が投げかけた波紋明治維新から30年以上たって,芸術家たちのなかにも国家のための芸術という意識をそれほど強く持たずに,彼ら自身の個性を発揮させようと色々な試みを行うようになっていったものが少からずたち現われるようになった。大正時代は個性解放の時代とよくいわれるが,その直前の明治末期に現われた「パンの会」の連中の活躍も自由な創作活動という点では,芸術の個性解放を先取りしていたと見るべきだろう。とくに『方寸』の連中を中心とした人々の新しい芸術を生み出すための模索は,見事な成果ばかりを生み出した訳ではないが,『方寸』(羅馬字・特別漫画号)でみせた鮮新な試みは,たんに新しいもの好きというだけではなく,北原白秋や木下杢太郎らを巻き込み,さらに石川啄木や土岐善麿らといった文学者に刺激を与え,また,ローマ字のグラフィック・デザインの分野への導入の現代的な効果を強く印象付け,竹久夢二や村山愧多など以後の芸術家たちにその試みを誘発した点でも評価されうるものであろう。若気のいたりと呼べるような点も多く見られる『方寸』や「パンの会」の活動ではあったが,逆にいうとその若者たちの怖いもの知らずともいえる大胆な試みゆえに,この『方寸』(羅馬字・特別漫画号)に限っても,日本近代モダニズムの先駆的役割を担っているといえなくもない。また,ここで忘れてはならないのは,『方寸』の連中がローマ字を使ったからといってそのまま彼らの創作活動が欧化運動に直接結び付くものではないということである。新しいもの好きという点で,ローマ字愛好に西洋への憧憬を示しているとしても,そのまま『方寸』の人々が西欧文化の模倣一辺倒であったわけではなかった。『方寸』ないし「パンの会」のアナクロニズムとも思われる江戸趣味への回帰は,どう解釈されるべきであろうか。西洋の浮世絵趣味を介して,新たなる屈折した異国趣味としてとらえられるのが常套であろう。石井柏亭が残した江戸情緒に対する懐古趣味の濃厚な『東京十二景』のような木版画集(1910年)は今日からみるとかなり新鮮味を失っているように思われる。『方寸』の連中の創作活動の不安定な揺れの大きさを示すものではないだろうか。明治時代末期から,一方で,前島密らの「ローマ字ひろめ会」の運動が展開され,そうした運動と『方寸』の連中のローマ字への関心がどれほど関係があったのか,推測の域を脱しない。「ローマ字ひろめ会」の目指すところは,日本語の国際化にあったであろう。『方寸』の連中はというと,「我々は元来言語學者でも何でもないから此-35 -

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