鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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⑰ パルミジャニーノと16世紀イタリアにおける芸術理論および芸術実践についての研究“moly”(胡の一種)を得てこの魔女を制圧し,彼女を自分の虜にして一年も暮らし3)'彼女は,スカンディアノ伯爵マッテオ・マリア・ボイアルドが15世紀末に『ロ研究者:東北大学大学院文学研究科博士課程足達これまでの調査の途上で得た新知見のうち,ここでは,現在のところ比較的はっきりした輪郭が見出され,また互いに関連する二つを取り上げて梗概を説明する。1・パルミジャニーノの『キュルケ』連作素描とフランチェスコ・ベルニホメロス(『オデュセイア』10歌,133-574)およびオウィディウス(『転身諜』14歌,245-319)においてオデュセウス(ないしユリシーズ)が出会った太陽とニンフの娘にして毒薬魔術の達人キュルケの物語は,古代以来,中世を通じて知られてきた(注1)。この灌洒で多情な魔女は彼女の島にやってくる船乗りたちをにこやかに迎えて器で毒薬を飲ませ,彼らの姿をさまざまな動物に変えてしまう。オデュセウスの手下達も同様に豚に変えられてしまったが,英雄自身はヘルメスの助言および妙薬子供までもうけてしまう。だがパルミジャニーノが描いた二つの素描〔図1,2〕はこの古典的典拠から逸脱する表現がなされている(注2)。このほぼ同じサイズで円形に囲まれた二素描のうち一方では,船でやってきたオデュセウスの部下達にキュルケが毒薬を差し出している。彼女の周辺にはすでにドラゴンのような怪物に変身した者たちも見られる。一方もう一つの素描では何故かキュルケ自身が器から毒を飲んでおり,裸で船の縁に座ったオデュセウスと思しき男がそれを無表情に見つめている。上記二大古典では対応する記述は存在しないし,筆者の調べた限りの中世におけるキリスト教化されたおびただしい注釈書群にも見出せない。この謎にある程度の,だが誤認を含む解決を与えたのがハッテンドルフであり(注ーランの歌』に想を得て書いた八連句叙事詩(未完)『恋するオルランド』(第一書第6歌,ottave50-53)に登場する「チルチェッラ(Circella)」のエピソードをパルミジャニーノの典拠とした。そこでは魔女ドラゴンティーナによって全てを忘却する毒薬を飲まされた円卓の騎士オルランドが,愛する美女アンジェリカのこともカール薫-440-

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