鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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—シャルトル大聖堂及びプールジュ大聖堂の「ヨセフ物語」をめぐって13世紀初頭,建築技術の革新は,壁面開口部の面積の拡大に大きく貢献し,大聖堂⑪ 13世紀フランスにおける旧約主題のステンド・グラス研究者:日本学術振興会特別研究員(PD)守山実花はじめには窓にはめ込まれたステンド・グラスにより鮮やかに彩られていく。ステンド・グラスを通して聖堂内部に注ぎ込む光は透過光であり,そのためにガラスそれ自体が光り輝く壁となる。聖堂のあらゆる開口部に色硝子を用いることで,大聖堂は自ら巨大な光の館となったのだ。本来無色透明であるはずの光に色という具体性を与えることで,ステンド・グラスは,不可視の存在すなわち神という概念を,人々に容易に関知させることを可能にした。大聖堂それ自体が光り輝く神の館であり,その内部で人はまさに四方から差し込む光の洪水の中におぼれ,神という存在を体感する。光という絶対的存在を造形作品の中でいかに表現するのか,この問題に腐心してきたキリスト教美術は,メディアの上に光を描くのではなく,そのものが光り輝くステンド・グラスというメディアを教会装飾に用いることで,大聖堂をまさしく自ら光り輝く神の館として演出することに成功したのだ。ステンド・グラスというメディアの特殊性は,まさにそこにある。つまり,表現媒体であるガラスがそれ自体として,見るものにある視覚的なメッセージを伝える力を有しているという点において,ステンド・グラスは他の視覚メディアと決定的に分離されるのだ。これをメディアとしてのステンド・グラスの第一義とする。しかし,ステンド・グラスが聖堂内で果たした視覚メディアとしての存在意義はそれにはとどまらない。それぞれの窓は固有の幾何学構図によって分節され,その上には聖書からの物語,聖者伝などの物語が連続場面形式をもって表現されている。この幾何学構図もまた,ステンド・グラスというメディアの独自性を示す。すなわち,ガラス片を鉛の枠でつなぐことにより縦に長い空間を埋めていく,その構造上の必然性がこうした幾何学構図を生み出したのだ。個々の幾何学構図は装飾デザインとしての美しさを有し,様々な幾何学図形の複雑な組み合わせにより,実に多彩な幾何学パターンが生み出されていく。これを第二義とする。-488-

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