鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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さらに,この複雑な幾何学構図は装飾的効果という側面だけを担うものではない。そこに展開される物語はこの幾何学構図という与えられた枠組みを最大限に利用しながら,ほかのメディアにはない独自の物語展開の方法を獲得していくのだ。縦長空間に張り巡らされた幾何学図形の網の目を縫うように展開していく物語は,幾何学構図との緊密な連関による絵画的叙述方法を獲得している(第三義)。そして,一つ一つの窓は,相互に有機的に連鎖していくことで,一種の図像プログラムと呼ぶべき壮大なプログラムを呈していると考えられる。ステンド・グラスの主題配置には図像プログラムが存在するのか,この問題は解決することが非常に困難であり,ステンド・グラスを研究する上での論点の一つとなっている。教会堂の多くか災害や人為的な破壊の被害を被り,修復,作り替え,移動を余儀なくされているため,創建当初の状態を想定することも困難であり,また図像プログラムの存在を立証するような第一次資料も,これまでのところ見つかっていない。創建当時の状況を比較的よく残しているブールジュ大聖堂及びシャルトル大聖堂を例にすると,ブールジュの場合はキェブルー,グロデッキにより精緻な図像プログラムの存在が提唱されている。またシャルトルに関しては,近年の修復作業に伴う調査で,ほとんどの窓が短期間のうちに一気に制作された可能性が指摘され,また全体にわたる壮大な図像プログラムを推定する研究も行われているが,その全貌を明らかにするには至らない。しかしながら,窓と窓を結ぶ何らかのつながりを研究することは必要であろう。ステンド・グラスの持つ視覚メディアとしての意味は,マクロ的視点からミクロ的視点へ,すなわち上述した第一義から第三義へと視点を変えて考察されるべきであるが,ここで再び近視眼的視点を後退させ,教会堂全体を把握するものヘと変えて行く必要がある(第四義)。ステンド・グラスというメディアは,窓を個別に取り出して論じていくだけでなく,常により大きい全体の存在の中で論じられるべきではないだろうか。「ヨセフ物語」の窓ステンド・グラスを取りまく様々な枠組みを解きほぐしていく一つの方法として,本研究ではステンド・グラスに表された旧約聖書主題の中から,「ヨセフ物語」を取り上げた。このテーマは13世紀のステンド・グラスとしてシャルトル,ブールジュ,ルーアン,オーセール,ポワティエ,トロワ,サント・シャペルに作例が見いだされ-489-

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