鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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⑬ 大和絵系羅漢図に関する調査研究研究者:慶應義塾大学大学院後期博士課程白原由起子はじめに羅漢(阿羅漢)とは,一切の煩悩を断絶し,尽智を得て,世人の供養を受けるに価する聖者を意味する。唐・永徽五年(654)玄柴が漢訳した『法住記』(注1)にもとづく「十六羅漢像」の図様は中国において成立したと考えられ,唐時代後期には羅漢像が盛んに制作されていたことがうかがわれる(注2)。日本においては,平安時代十一世紀より羅漢像の遺例がみられる。平安時代に制作された羅漢像(絵画)としては,十一世紀後半の制作とされる東京国立博物館本(滋賀・聖衆来迎寺伝来,以下東博本と略す)が知られるほか,十二世紀後半とされる京都・浄瑠璃寺三重塔初重壁画や兵庫・斑鳩寺本が挙げられる。これらの羅漢像は,羅漢の柔和な表情や温雅な画風から,<大和絵系〉あるいはく和様〉の羅漢像(羅漢図)と称されている(注3)。また,このく大和絵系〉羅漢像の系統には,鎌倉時代以降に制作された,滋賀・長痔寺本,奈良・法隆寺本,米国・ボストン美術館本あるいは近年知られるようになった大阪・吉祥園寺本を含めた十数例が含まれる。ところがその作品研究としては,東博本に関する論文や研究報告(注4)が示されるほかは,いずれの作品も簡略な作品解説にとどまっており,個々の羅漢像の図様や表現,さらに作品間の様式的関連といった諸問題については,論議されていないのが現状である。平安時代仏教絵画を研究する立場から,私はこのく大和絵系〉羅漢像の図様と表現の特色を考察し,<大和絵系〉羅漢像の諸作例を系統的に把握することにより,平安時代における羅漢像の受容とその継承と展開の様相を明らかにしたいと考えている。本報告では,貴財団の助成を得て調査を実施した数件の作例のうちのひとつを報告したい。それは,これまでも平安時代に制作された羅漢像の貴重な一例とされながらも,詳しく記述されることのなかった,京都・浄瑠璃寺三重塔初重壁画に描かれた十六羅漢像についてである。ここでは,調査により明らかとなった本羅漢像の図様の特色とその配置を述べる。-524-

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