3 図様の比較一斑鳩寺本・ボストン美術館本・吉祥園寺本と壁画羅漢像一前項に記述した羅漢図について考察するにあたり,壁画羅漢像に関する従来の見解を簡略に記しておくと,まず『大和古寺大観』(昭和53年)は,壁画羅漢像の個々の図様を記述した最初であり,それらが「図像的にみて旧聖衆来迎寺の十六羅漢像(東京国立博物館蔵)等,いわゆる和様羅漢に類する点が多い」とされた(注5)。これに対して宮崎法子氏は「伝裔然将来十六羅漢図考」(昭和56年)において,壁画羅漢像が「全体としては兵庫県斑鳩寺の紺紙金泥の釈迦三尊十六羅漢像の十六羅漢の図様とほぼ等しい」(注9)との見解を示され,その後壁画羅漢像は,おもに斑鳩寺本に関する記述の中でく斑鳩寺本の図様に最も近似する壁画羅漢像〉とする見方が踏襲されている(注10)。これに対して平成7年,吉原忠雄氏が特別展図録『大阪の仏教絵画』の解説において「吉祥園寺本によって浄瑠璃寺本が完全に復元することが可能になった」とされたことは注目される(注11)。このことについて,若干の私見を述べることにしたい。まず壁画羅漢像の図様が東博本に類似するとする見方は,いずれも羅漢が穏やかな面貌表現を表わす点で類似するものの,図様としての共通性は見出せない。次に,斑鳩寺本をみると,確かに羅漢の動作や周囲の状況は,壁画羅漢像とほぼ同種のものとみなされ,同図様と思われるものも見出される。ところが,図様の細部では,異なる部分が少なくない。その相違点は,前項の記述に付した下線部分にあたる。その顕著な箇所を挙げると,壁画の④の羅漢が真横向きであるのに対して,斑鳩寺本の第四尊者は斜め左向きを表す。また前者⑤の羅漢が,杖で体を支えながら左手を二匹の虎へ差し出し,脇の俗人が花を盛った盤を持つのに対して,後者の第五尊者は杖を持たずに一匹の虎へと両手を差し出しており,俗人の持つ器に花は描かれていない。頭光の有無の違いや羅漢の服制の相違についても指摘されるところである。さらに細部の図様では,⑦の羅漢が頬に手をあてるのに対して,第七尊者は顎の下に手をあてていることや,⑫の羅漢が右足を上げてサンダルを脱ぐのに対して,第十二尊者は上げた右足もこれを履いていることなどが挙げられる。ここで壁画羅漢像と比較すべき作例は,鎌倉時代半ばの制作とされるボストン美術館本十五幅(奈良・法華寺伝来,以下ボストン本と略す)(注12)や同時代後半期とされる吉祥園寺本十六幅(注11)である。ボストン本は,第十一尊者を欠き第十三尊-529-
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