鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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者の上半分を亡失するが,その他の尊者は図様を良く遺しており,色紙形の墨書もまた良好な状態にある。また吉祥園寺は,部分的に図様を傷めながらも,十六図を完備する点で貴重な一本である。これら二本は,それぞれに描写や彩色に制作された時代性を示しながらも,図様においてはほぼ等しいとみなされる(注13)。すなわち,ニ本の図様が壁画羅漢像に最も近似することは,先に触れた下線部分の図様が一致することからも明かとなる。一例を挙げれば,③の羅漢の右上方にわずかに見える人物は,右手を上にしていることが確認される。この人物が神将形であることはまちがいないが,斑鳩寺本の神将形が左手を上にして剣の柄を握るのに対して,ボストン本・吉祥園寺本のそれは,壁画と同様に右手を上に表わしている。このことから,剥落の著しい壁画羅漢像を復元するにあたっては,ボストン本と吉祥園寺本が参考となる。たとえば,④の羅漢の右下に残る動物の足について,斑鳩寺本はここに何も描いていないが,この二本の図様を参照することにより,花をくわえた獅子のそれであることが推測される。とはいえ,壁画⑬では,現状をみるかぎり,羅漢の背後にある岩が,羅漢の頭部の高さほどに表わされるが,一方の吉祥園寺本をみると(ボストン本はこの部~を欠いている),岩は洞窟のように羅漢の頭上を覆っている。それゆえ,先の二本により壁画羅漢像の図様すべてが復原されるのではなく,やはり壁画羅漢像の表現の独自性をも考えるべきであろう。岩の表現をみても,ボストン本や吉祥園寺本がいずれも墨の描線を生かした手法によるのに対し,壁画羅漢像の岩の部分には跛を表わす墨線が目立たず,壁画の山水描写が彩色を重視する表現であることも注意したい。こうした点に壁画羅漢像の独自な特色があると考えられるが,今後さらに表現描写の問題として,検討してゆきたい。4 十六尊者の配置最後に,壁画羅漢像の尊者名とその配置について述べておきたい。斑鳩寺本やボストン本に記された尊者名から,壁画羅漢像の腺者名も明かとなる。すなわち,壁画羅漢像は,南面東側上段の①を第一尊者から,左回りに上段の①〜⑧が第一〜第八尊者となり,下段の⑨〜⑯が第九〜第十六尊者となる。また,⑩が第十五,⑮が第十尊者の図様であるため,この二図の順位は入れ替わっている。京都より移された時点かあるいは中世の改造の際に,誤ってはめ込まれたものだろうか。しかし両図とも画面の-530-

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