鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
558/711

faires",すなわち寝室用便器の箱〔図14〕と共に使用されていた,もう1つの同型1784年にマリー・アントワネットに提供されたという読書用テーブルである。天板の横35.5cm。もう一つあったはずの便器箱の蓋表を切り取って再利用したと指摘されあり,天板には,もともと背面に使用されていたと思われる,葛の蔓文様を蒔絵した漆パネルがはめ込まれている〔図11〕。背面には装飾の無い板が張られているだけで,壁に背を付けて設置することを考慮しているとわかる。絵画的様式の輸出漆器の再利用:1 ルーブル美術館所蔵のテーブル〔図12〕は,アダム・ワイスワイラーが製作し,部分に三つの漆パネルがはめ込まれており,各々に設けたカルトゥーシュの内側には,黒漆地に金銀高蒔絵を基調とする技法で,風景図や草花図が描かれている。この作品については近年興味深い指摘がなされている。斜めに立ち上がる天板中央の漆パネル〔図13〕が,現在ヴェルサイユ宮殿のプチ・トリアノンにある“chaised'af-の箱から転用された可能性があるという(注18)。では,その便器箱を見てみよう。今は失われているが,銀製あるいは磁器の壺を収める型式の箱で,金箔を押した薄い木製の台の上に置かれている。各面を花唐草文による文様帯で縁取り,カルトゥーシュを設け,内側に花烏図や風景図を描き,外側は濃梨子地とする。花唐草文は金平蒔絵に螺細を交えて表し,カルトゥーシュ内の黒漆地に描かれた図様には,薄肉金高蒔絵に銀蒔絵,切金,付描などを併用した伝統的技法が用いている。「ファン・ディーメンの箱」〔図4〕に近い作域を示すが,各面の図様や花唐草文には若干の形式化が認められる。南蛮様式から絵画的様式へと移行する過渡期でも比較的遅い時期に位置づけられる作例である。便器箱は縦38.2,横40.5,高50.5cm。テーブルの天板中央のパネルは縦35.5cm, ているが,少しサイズが合わない。また実見したところ,中央パネルの縁取りやカルトゥーシュの外側の金地は,ヨーロッパの模造と思われる。さらに風景図も,厄ぼった<精彩のない高蒔絵で表されており,便器箱の図様に見られる繊細な蒔絵表現とは明らかな隔たりを感じる。こうした理由から筆者はこの天板を,絵画的様式の作品の質が低下する17世紀末から18世紀初頭のキャビネットやチェストの一部を切り取り,カルトゥーシュの内側にはめ込んだ作例と考えている。ただ,過渡期に位置づけられる作品の意匠構成を模したものは珍しく,その意味で,ヴェルサイユにある便器箱の存在を意識して製作された可能性は高い。-548-

元のページ  ../index.html#558

このブックを見る