鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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【将来の計画及び研究発表】全体的にみて,今日,日本の美術館及びコレクションは,古代地中海圏,エジプト,また近東の美術工芸品を相当数所蔵するが,これらの作品は一部のみ公表されているにすぎず,特に西洋の研究者達には殆ど知られていない状態である。したがってここで望まれることは,これらの所蔵品を一層完全にリストアップし,関心ある専門家達に公開することであろう。1994年に東京に創立された古代地中海美術館については,すでにドイツの専門誌“AntikeWelt(古代世界)”(1995/4 p. 299s.)に紹介した。全所蔵品のリストを完成する他,日本にある最も重要な古代地中海美術コレクションを概観する,良い図版入りの本を執筆したい所存である。そのような本の出版に関して,ドイツのよく知られる出版社,マインツ市のフィリップ・フォン・ツァーバン社と接触している。【展示品の調査研究例】1.エトルリア青銅鏡〔東京,古代地中海美術館蔵,図2〕直径:15.7cm; 高さ(把手含む):23. 7cm 紀元前5世紀初頭;出土地不明この青銅鏡は,日本にあるエトルリア美術工芸品のうち,最も興味深い作品の一例に相違ない。古代地中海美術館のカタログにある短い説明文と図版(No.73)を除けば,今日まで公表されていない。筆者がエトルリア青銅鏡の代表的研究家ナンシー・デ・グラマン教授(フロリダ州立大学)と調査した結果によれば,古代エトルリア製であることは確実である。保存状況は比較的良好である。多くのエトルリア青銅鏡の例にもれず,片面に刻線による装飾がある。鏡の周縁部は,ロータスの花と齋のフリーズで飾られている。波状文フリーズの上では,画像入りの情景,すなわち一人の培衣の婦人と一人の裸の青年の格闘が展開している。婦人の衣服からのぞく,ペロペロ舌を出す蛇は,彼女が神性を帯びた形姿であることを示唆している。この情景は疑いもなく,ギリシア神話の女神テーティスと,彼女を自分の妻にと切望するペレウスの戦いであろう。人物像の擬アルカイック風の様式や銘文の文字の形から見て,鏡の年代は,まだアルカイック晩期,つまり紀元前5世紀初頭あたりと評価される。したがってこの銘文は,エトルリア青銅鏡に刻まれた最も古い銘文の一つに数えられる。銘文に,上記二人の神話の人物の名前は見られないが,この鏡を所有した人物の名前は-576-

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