鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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得るであろう。ホイヘンス稿本の来歴とその編著者については,未だに不明な点が多く残され稿本そのものも未刊行であるが,これらの研究にはイルマ・リヒター(注人者,裾分一弘・学習院大学名誉教授門下の三好徹氏(注12)の研究が挙げられる。近年フランク・ゾゥルナー(F.Zollner)は「ホイヘンス稿本」を扱った「レオナルド・ダ・ヴィンチの人体比例と運動の研究へのホイヘンス稿本およびウルビノ稿本の意義」(注13)を刊行して,レオナルドの人体比例と運動理論についてクロノロジカルな面から詳細な検討をしている。ゾゥルナーの研究はレオナルドの『人体権衡図』に示される幾何学的な規制図形を基礎として,ホイヘンス稿本の成立過程についてクロノロジカルな検討をしているが,しかし筆者の『美術史』掲載論文(注14)に既に示されているように,「円」と「正方形」の作図方法についての検討を含まず,不十分なものであった。筆者がホイヘンス稿本の第一葉と『人体権衡図』の対照から示した人体比例の基準に存在している黄金分割の問題は,レオナルドのヴィトルヴィウス的人間像の解釈を考えるうえで重要な意義をもっている。何故ならばレオナルドの芸術理論の形成を考えるうえでヴイトルヴィウス的人間像の姿形を決定している「円」と「正方形」の相互関係と同様,人体比例の華準線に存在している黄金分割は,純粋に数学的な意味でも理論形成の核として,クロノロジカルな検討では無視することのできない重要な要素となるからである。ルカ・パチョーリの著作のタイトル「神聖比例」(divinaproportione) はルネッサンス期において,黄金分割を示すテクニカル・タームとして使われていて,パチョーリはこの無理数{I.618…}によって示される比率に対し限りない美学的な意味を与えているからである(注15)。本論文では,箪者の研究において『人体権衡図』の作図方法として示された命題「ダブルスクェアーのフィオゲネシス」を基にしてレオナルドの「マギの礼拝」の背景図の作図方法に残されている問題を取り上げる。筆者の命題から導かれる黄金比の等比数列は,レオナルドの人体比例論だけでなく,ホイヘンス稿本の第一葉に示された遠近法の基本図を解釈する上でも重要な意義をもっている。レオナルドの「マギの礼拝」背景図の遠近法の研究についてはティース(Thiis)(注16),サンパオレージ7), A. E.ポーファム(A.E. Popham)(注8)'ジュリオ・ボーラ(GiulioBora)(注9)'カルロ・ペドレッティ(C.Pedretti)(注10),マリネッリ(S.Marinelli)(注11)などのレオナルド研究と,我が国のレオナルドの手稿研究の第一-609-

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