鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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横幅は,少なくとも7倍(114.1センチ)くらい必要であり,1メートルを超えてしまって,事実上4本の平行線によって距離点を求めていくことは現実的ではない。その一方で,上記の作図では紙葉の幅は65センチメートルくらいになり,現実的には利用可能な範囲になる(注42)。レオナルドの遠近法をも含めて辻茂教授は,ルネッサンスの遠近法の作図で最も重要な奥行き方向の逓減率をエレガントな数式で科学的に解明している(注43)。レオナルドの遠近法の具体的な方法が示されている「マギの礼拝」の背景図は,辻教授が「天使の遠近法」と命名した遠近法を使ったものといえる〔図9〕。この遠近法では,絵画平面内にできる1辺の単位長の等しい立方体の3つの辺相互の比率は常に一定で,相似形となる。横方向をa線分,縦方向をb線分,奥行き方向をC線分と定義すると,消失点に向かう奥行き方向での逓減率と描画面と平行な面での逓減率が等しくなるという性質を持っている〔挿図7〕(注44)。ホイヘンス稿本の第97葉(表)〔図れ「天使の遠近法」に相当するC線分の図解が描かれている。これは視点の移動に伴って変化する描画面に対する視距離の変化,すなわち奥行き方向のC線分を立面図に描いたもので,移動に伴う4つの視角の変化は,レオナルドの「マギの礼拝」背景図がホイヘンス稿本の原著作者をレオナルドと同定するための有力な証拠となる〔図氏は「マギの礼拝」背景図の詳細な数理的検討を行っており(注46),篠塚氏が「移動遠近法」と呼ぶものが辻教授の「天使の遠近法」に相当している(注47)。筆者がホイヘンス稿本第1葉について提示した命題から明らかなように,対角線の上に「ダプルスクェアーのフィオゲネシス」として定義した黄金比の等比数列をコンパスによって容易に導くことができる。この対角線上の等比数列からC線分の奥行き方向の移動に対する逓減率が求められる。この命題を元にした作図は,驚くほど篠塚氏がおこなった解析結果と符合するものであり,篠塚研究の正確さを示している。したがって「マギの礼拝」背景図との対応から,ホイヘンス稿本の第1葉はレオナルドの遠近法の基本原理を示したものと言えるであろう。ホイヘンス稿本の第1葉ではこの対角線は視線(Raggiovisuale)を示しており,さらに,視線を表すもう1本の対角線が,矩形の右上角に描かれた眼の印から地面かの45度の対角線から距離点を作図するには,紙面の縦の長さ(16.3センチ)に対して10〕(注45)には第1葉と同様,眼の印で示された遠近法の作図のための指標が示さ9]。ホイヘンス稿本第1葉について具体的な検討は含まれていないが,篠塚二三男-619-

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