鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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don)の二か所の壁画は,日本の壁画修復家高橋久雄氏の手によって新たに世に出さ(Saint-Polycarpe),サン・リジエ(Saint-Lizier)ほか,カタロニア壁画との様式(Vendome)参事会室の壁画は,ある文献に基づいて,トゥベール女史がグレゴリウン・サヴァンの玄関口壁画と共通の主題を同種の様式で描いたポワティエ,サン・ティレール教会の新発見の壁画との比較は,説得力があり,吉川教授の研究ともあわせて,問題の重要性が痛感された。また,シュセー(Sussay),グールドン(Gour-れたものであり,同氏の長年の努力が感銘を誘った。さらにサン・ポリカルプ的親近性の強い作品など,新出の壁画が紹介された。最後に扱われたヴァンドームス改革との関連を説かれた作品であり,ここではより広い教会政治的な背景との関連や,図像解釈学の方法の一端が紹介された。こうして,各地の壁画を紹介しつつ,技法分析,様式比較と地域的特性,より高次の図像解釈へと,段階を重ねてゆく精緻な考察は,美術史研究の最もオーソドックスな基本的方法論の大切さを改めて教示するものであり,出席者一同,深い感銘を受けた。なお,本講演は,邦訳の上で,日仏会館の本年度の会報に掲載される予定であり,講演に出席され,このようなお申し出を頂いた日仏美術学会会長秋山光和教授に感謝申しあげる次第である。講演2「11世紀末,モンテ・カッシーノ修道院における最盛期の芸術活動」この講演では,長らく修復のため閉鎖されていた,上述のベネディクト修道会の芸術活動の証人として,現存する唯一の壁画作品であるサン・タンジェロ・イン・フォルミス教会の修復完成(1992年)後の状況を紹介して頂くことが目的であった。後世のヴォールトを除去して当時の木骨天井が出現し,左の副アプシスから新たに壁画が発見されるなど,話題を呼んでいたが,残念ながら個人的な写真撮影はいまだ許可されておらず,修復後にイタリアで出版された簡単な書物からの複写のスライドが映写されるに留まった。旧約聖書の断片的な壁画について,すでに幾つかの論文を発表されているが,これらの部分に関しては,現状よりも古いモノクロ図版のほうが鮮明であるとの説明があり,壁画保存の困難さを実感した。同じく修道院長デシデリウスの時期に制作された写本挿絵なども紹介されたが,専門に研究を行っている若手研究者との質疑応答は,時間の制約もあって十分に行うことができなかった。日本においては常にマイノリティーである西欧中世美術の研究状況は,特殊なテーマを特殊な数人が熟知しているにすぎないため,講演者の側にも,どのような層を対-674-

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