鹿島美術研究 年報第15号別冊(1998)
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一般にマスターピースという英語は「傑作」とか「名作」と訳される。例えば,研究社のNewEnglish-Japanese Dictionaryで‘masterpiece'を引いてみると,「傑作,大作,名作(chefd'oeuvre)」とある。これを『広辞苑』に求めてみると,「傑作」は「文学・美術・エ芸などで,すぐれて出来ばえのよい作品。名作。」とあり,「名作」は「名高い作品。すぐれてよい作品。」とある。これによれば,日本語の「傑作」や「名作」は,バクサンドール氏の第三定義にあたることがわかる。しかし,日本語でも「雪舟の傑作(名作)は京都国立博物館所蔵の『天橋立図』である」というように表現できる。つまり,H本語の「傑作」や「名作」にも,バクサンドール氏の第二定義にあたる意味が含まれていることになる。「蕪村の傑作」というタイトルは,その意味にほかならない。言うまでもないことだが,日本語の「傑作」や「名作」には,バクサンドール氏の第一定義は含まれていない。この第一定義にあたる日本語は求め難いけれども,あえていえば広い意味での「粉本」あるいは「粉本写し」あたりであろうか。「傑作」や「名作」は,これらから転化した言葉ではない。それは第二定義および第三定義にあたる言葉として漢語から選ばれたものであるから,第一定義が含まれていないことは,むしろ当然というべきであろう。「傑作」は南宋第一の詩人陸溜の「三井観に遊ぶ詩」などに出てくるという。「名作」も本来漢語である。陳の人で,六朝宮廷詩,いわゆる宮体の詩を代表する徐陵の「李那に与える書」に見られるという。これらは諸橋轍次の『大漢和辞典』などに引用されて,よく知られている。おそらく,これら漢語の意味と日本語の意味とはかなり近いものと推定される。義は,つぎのようなものである。entry as a master (e.g.'Hans submitted his masterpiece to the guild in 1473') (b) a work considered an artist's best and/ or most representatively central (e. g.'Hans's masterpiece is surely the Passion cycle in Berlin') (c) simply a work considered very good and/ or canonical, either absolutely ('Hans's Passion cycle is a masterpiece') or in some particular respect ('a master-piece of colour') The Oxford English Dictionary (Second Edition)による‘masterpiece'の第一定A production of art or skill surpassing in excellence all others by the same hand ; also, in wider sense, a production of masterly skill ; a consummate exam--688-

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