研究者が目的とする発表に熱心に聞き入っていた。その多くが現時点での最先端の研究情報を含むものであり,今後の研究進展に大きい波及効果が期待される。とくにポスター発表には,着手されたばかりで評価がまだ定めにくい野心的な研究が多くあったが,それらには先端技術分野の研究や色覚に関わる新データの発表,あるいは今話題になりつつある精神療法にかかわる研究など,今後の国内研究者の研究視野の拡大に寄与しうる期待が寄せられるものが多くあった。この対話形式のポスター発表は時間に制限される口頭発表よりも最近の国際学会で好まれる傾向があると言われるが,発表件数と実態から本大会でもそれが実証されたと言えよう。総括的に述べれば,今時点における世界の色彩研究のほぼ全貌とおよその動向とが把握され,今後に大きい波及効果を期待させる成果の高い国際大会であった。国際的な交流の面では,アジア諸国からの研究者の熱心な態度が目についたが,韓国はもちろん,中国の研究者(2名の参加者。ほかに香港,シンガポールから各1名,台湾から3名が参加)が熱心に各国の参加者に話しかけていた姿は印象的であった。その点でも大きな成果が得られた大会であった。シンポジウムでは,従来からもたれてきた科学的分野をテーマとするものとともに,本大会ではとくに人間的生活と文化における色彩の関与に関わるテーマが設定された点が強調されよう。それは科学的な色彩観だけでは解決できない問題があることを指摘するものであり,近い将来における色彩研究が向かうべき方向が国際的に共通する根本問題点として示されていたと考えるべきことであろう。とくに設けられた平山郁夫氏の記念講演「日本の色と質」では,日本の色彩感性が従来考えられたよりはるか以前から発したものであり,それが固有の季節感,自然観が育てた繊細な感受性によるものであると指摘しながら,そのような日本美の特殊性を独自の価値として墨守するだけに終わることなく,今後は国際的理解に向けた視点をもって共通の場が得られるようにつとめることの重要牲を述べて,400名を越える国内外の聴取者に深い感緒を与えた。併せて言えば,その講演に関連する内容をもつ公開シンポジウム「甦る日本美術ー文化財保存の色彩的側面」に15名を越える市民参加者があったことは,会場への交通条件がきわめて不便である点から考えて,色彩という新しい観点に対する市民の関心の高さを十分推測させるものである。以上の諸点から,本大会は色彩諸分野の研究のみならず杜会的にもきわめて成果と影響力の大きい,成功した大会であったと概括評価できる。-699-
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