10号,1931年10月(8) 板垣鷹穂の「機械文明と現代美術」(『思想』83号,1929年4月)や「機械と芸術10月)に所収。3号,1929年3月大宅壮ー「マルクス主義文芸の自殺か暗殺か一平林初之輔氏の『マルクス主義文学理論の再吟味』の再吟味」,26年5号,1929年5月岡沢秀虎「文芸作品の価値に就て」,26年7号,1929年7月平林初之輔「諸家の芸術価値理論の批判」,26年8号,1929年8月谷川徹三「芸術作品の評価,芸術史的解釈,一般芸術論一勝本清一郎氏への答ヘを縁として」,26年9号,1929年9月中野重治「芸術に政治的価値なんてものはない」,26年10号,1929年10月以上の他に,『文芸都市』や『近代生活』,『文芸レビュー』などでも議論か展開された。(6) 美術雑誌での価値論争としては,『美術新論』でなされたものがある。堀田清治「作品の価値と評価」,5巻7号,1930年7月福田新生「作品評価の問題に就いて堀田清治氏に」,5巻9号,1930年9月(7) 浜田増治「石井柏亭氏の『美術の大衆性について』に一言す」『アトリヱ』8巻との交流」(『思想』88号,1929年9月)を皮切りに,その後,美術雑誌『アトリヱ』6巻5号(1929年5月)で,「新形態美断面」という特集が組まれたりする。(9) (注8)にあげた板垣應穂「機械文明と現代美術」を参照。(10) 『アトリヱ』7巻1号,1930年1月,『写実と空想』(中央公論美術出版,1984年(11) 『アルト』1928年11月,『写実と空想』所収。(12) 「とりとめもなく」『文芸春秋』1929年12月,『写実と空想』所収。(13) たとえば,荒城季夫「二科展望(上)」(『報知新聞』1930年9月11日)では,「メカニズム乃至シュール・レアリスム」と併記されている。(14)荒城季夫「二科のグリンプス」(『美之国』6巻9号,1930年9月),楢原豊一「二科展を見て」(『アトリヱ』7巻10号,1930年9月)などがある。-68 -
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