こうした精神風土を考慮すれば,17世紀美術のストイシズム的主題は決して宗教的主題と本質的に反発し合うものではないことが想像される。当時の芸術家たちの信仰態度は完全に明らかになっているわけではないが,哲学的主題に取り組んだ芸術家たちのほとんどが宗教主題も数多く手がけている。あるいはキリスト教と古代哲学がオーバーラップしている場合もある。教会の公的注文から一歩離れた位置にいた画家たちがストイシズムに傾倒していることが多いせいもあって,彼等は非キリスト教的な傾向があるかのように思われがちだが,単純に判断するのは危険であろう。17世紀イタリアのストイシズム的主題の絵画作品には大きく分けて二つの作品群が思い起こされる。一つはリベラの一連の賢人像に代表される肖像画風のもの,もう一つはサルヴァトール・ローザやプッサンらが残した物語的なものである(注5)。ナポリを拠点に活躍していたリベラは1630年頃から10年間ほどの聞に10点以上の哲学者像を描いている〔図l〕。古代哲学者を卑近な庶民をモデルに理想化を排してよみがえらせるその構想はリベラ自身が着手したものと思われ,いわゆるbegger’philoso-pher (乞食一哲学者)と呼ばれる系譜を形作る。画家の興味は複数の哲学者の人相学的特徴を描き分けることにあると思われるが,ナポリは人相学の大家デラ・ポルタの活躍した町でもあり,この方面への関心は意識するしないにかかわらず画家の中で育っていたことが想像できる(注6)。また,哲学者像連作のこうした構想は同じ頃に制作された聖人像連作と共通するものであり〔図2〕,哲学的肖像画が宗教的肖像画と同じ構想で考えられていることは,先述のストイシズムとキリスト教の接近の例証のひとつにもなるだろう。ルイジ・サレルノはサルヴァトール・ローザ,ニコラ・フッサン,ビエトロ・テスタ,ジョヴァンニ・ベネデット・カステイリオーネといった,17世紀イタリアにおいてバロックの本流から一歩距離をおいた画家たちが,1640年以降ストイシズムに傾倒したことを指摘した(注7)。彼等のストイシズム的作品は先述のリベラによる賢人肖像画連作とは趣をことにしており,古代哲学者やストア的生き方をした古代の英雄をナラテイブに描いたものが目立つ。また,肖像画風の作品も描いているが,ストイシズム的メッセージを帯びたものが多い。サレルノが指摘するように確かに1640年代以降こうした作品が目につくようになるのだが,もう少し詳しく検討してみたい。-105-
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