ハ同uqJ ⑩ 山東京伝序「江戸風俗図巻」をめぐる問題研究者:大阪大学大学院文学研究科博士後期課程安井雅恵1 はじめに江戸時代の戯作者,山東京伝は黄表紙・酒落本の第一人者としてよく知られている。その京伝が多方面に才能を発揮したことも,もはや周知の事実であろう。特に,戯作者として名を馳せる以前に,浮世絵師・北尾政演として江戸の出版界で活躍したことは浮世絵研究の立場から見逃せない側面である。また,四十歳代から没入し始めた考証学は『近世奇跡考』『骨董集』というこ冊の著書となって結実し,我々に貴重な資料を与えてくれる。こうした多才な京伝の活躍を示す作品として知られているのが「江戸風俗図巻」(個人蔵)と呼ばれる画巻である(以下「本図」と略す)。本図は巻頭に京伝の序文を持ち,それに続いて二十六人の男女を描いたもので,各人物に京伝の短い解説が添えられている。描かれた様々な職業,年齢の人々の風俗は京伝の序文から寛政年間(1789-1800)のものであることが明らかなため,同時代の貴重な風俗資料として高く評価されている。現在,本図は京伝筆になる肉筆作品として紹介されており,酒落本に当世風俗を活写した京伝にふさわしい代表作としての扱いを受けている。しかし,筆者は以前から本図の絵師が京伝と比定されていることについて,序文の解釈及び画風の点から疑問を感じていた。そこで小論では本図の画風を検討し,筆者の比定を試みたい。2 作品の概要と問題点本図は縦27.8センチメートル,全長753.0センチメートルに及ぶ紙本着色の画巻である。巻頭には京伝の序文があり,あらたに紙を継いで男十人,続いて女十六人,計二十六人の人物像が描かれる。各人物は七頭身ほどのすらりとした立ち姿で描かれている。そのポーズには,ちょっとした手の仕草や体のひねり,足の出し方などで,変化が付けられている。わざとらしいオーバーアクションではないが,各人の性質を反映した仕草が的確にとらえられており,舞台に立つ役者の所作のようにすっきりときまっている。加えて,視線や姿態の向きで流れを作り,二人ないしは三人ずつで対応させ,まとまりを持たせることで,各人の対比の妙が生み出されている。衣紋線には肥痩ゃうちこみがほとんどない,均質で、なめらかな描線が用いられている。着色は顔料
元のページ ../index.html#149