⑮ 『覚禅紗』についての文献学的研究研究者:覚禅室長、研究会代表者(愛知県立大学文学部助教授)はじめに本研究の組織上の特徴は,学際性と共同性にある。日本史・美術史・密教学の各研究分野からの研究方法を総合し,多角的・複眼的かつ精力的な調査・研究を試みた。対象とする『覚禅室長、J自体の質・量における豊富さが,そのことを要請しているからである。単年度での完遂は望むべくもないが,着実な研究進展で得られた知見の一端を,ここに掲げたテーマに即して報告してみる。膨大なデータの提示はもとより不可能であるから,見い出し得た問題点を提起的に抽出し,『覚禅喜多、』研究への基本視角を見定める試みとしたい。なお本研究は23名による共同研究である。末尾に参加者名を記しておく。1 『覚禅紗』研究の問題点『覚禅齢、』はいかなる特色をもっ文献であるのか,意外にその基本性格は認知されていない。真言小野流の僧覚禅(1143〜1213年以降)による事相関係の類来書物で,修法ごとの編集は百巻以上に及び,図像を四百余載せること,などは周知となっている。ただ、基本事項についての誤認が払拭されていない。辞典類にその例は顕著で、ある。『日本美術史事典J(平凡社,1987年)「覚禅室長、」は,著者金胎房覚禅は「絵に巧みであったjとし,「図像研究上貴重な資料Jだとする。執筆者は中世史学の大隅和雄氏である。『国史大辞典』第三巻(吉川弘文館,1983年)では,金胎房覚禅が諸書を引用して著した研究書で,『図像抄』ゃ『別尊雑記』の図像を包括していて,図像研究上に必見だとする。執筆者は美術史学の佐和隆研氏。『平安時代史事典J上巻(角川書店,1994年)は,金胎房覚禅撰述の諸尊法書で,図像学研究に有用とする。執筆者は密教学の松長有慶氏。一般に利用度の高いものを例示したが,辞典の分野と執筆者の専門分野とがやや錯綜気味の特徴が窺える。金胎房は『覚禅紗』の著者と別人であること,図像は別の絵師によることこれらはすでに論証された筈のことである(中野玄三『日本仏教絵画研究』法蔵館,1982年)。図像研究史料としての性格づけが一面的であることは,実見すれば明瞭であろう。修法ごとに典拠・先例・次第などを広く引用し,復上川通夫-200
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