2)海虫色をつつくカラスサン・スヴェール写本のf.1の装飾模様の下方の中央には頭部を下げて何かをつついているような仕種をする鳥や蛇が描かれている。サン・スヴェール写本のこの鳥と蛇も,中世の星座図の海蛇をつつくカラスの図像の影響を受けている可能性がある。カラスと蛇を組み合わせた星座図像には,カラスが蛇をつついているものとそうでないものとがある。RI写本の中ではs902とS-250〔図9〕写本にのみ海蛇をつつくカラスの図像が認められる。B188, B 88写本の天球図〔図13,14〕,およびリモージュで制作された写本群にも同様の図像がある。しかしながら,これらの写本に描かれたカラスは,あまり背中を丸めてはおらず,その姿勢の描写は,サン・スヴ、エール写本中のこの鳥の,身体を曲げた緊張感のある姿勢の描写とは異なっている。一方,F-12117写本の海蛇をつつくカラス〔図5〕の背中を丸め,鴨を突き出し,少し両足を拡げた姿勢はサン・スヴェール写本のこの鳥の姿勢に類似している。背中の輪郭線にそって描かれた羽,腹部までくいこんでいる足の付け根の部分の描線などにも,サン・スヴェール写本挿絵の鳥の描写との類似点を見出すことができる(V309写本にもほぼ同様の描写が認められる)。以上の作例の中では,F-12117,V-309写本のカラスの表現がとくにサン・スヴェール写本のこの鳥の表現に酷似しており,サン・スヴ、エール写本のこの鳥と蛇の表現が,このような海蛇をつつくカラスの図像を起源としているのではないかとの推測を可能ならしめる。3)半獣半魚の生き物サン・スヴェール写本のf.119〔図2〕のMARE(海)と記された青い円環の左側には,上半身が獣,下半身が魚、の姿をした生き物が二頭描かれている。下方の一頭は,いわゆるカプリコルヌス(山羊座)に起源を有する表現であると推測される(注8)。た下半身には鰭があるが,サン・スヴ、エール写本挿絵のこの生き物とは細部の特徴が異なっている。RI写本のS-902,S-250〔図11〕やリモージュで制作された写本群のカプリコルヌスにも鰭があり,この生き物の下半身を魚のように描く図像伝統が広く伝播していた可能性を示している。一方,F-12117写本のカプリコルヌス〔図6〕には鰭はないが,胴体に引きつけた前足,割れ目の入った蹄,足首の裏側の突起などの特徴は,S写本のこの生き物の表現とL 647写本の天球図の右側上方に描かれているカプリコルヌス〔図15〕の魚、の形をし238
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